得点圏打率~Part1
道作 [ 著者コラム一覧 ]
1.得点圏打率
1970年以後になって頻繁に取り上げられるようになったスタッツに得点圏打率がある。勝負強さの指標の様に言われることもあるが、MLBのセイバーメトリクスを重視する球団からは実はあまり省みられた形跡がない。
以下は2004年~2010年までの7年間の関連成績表である。
「打率」欄の「結果」は通常の得点圏打率。「相違」は同じアウトカウントでの無走者の局面での打率との相違。例えば無死一塁の状況は無死無走者の状況よりも1分4厘高い、といった具合。
「犠飛アウト」の欄は出塁率のルールに倣い、犠飛を外野フライとして凡打に含め「打率」欄と同様の計算をしている。
「Babip」欄は、本塁打・三振を除いた打球の打率を、犠飛をアウトとする場合とカウントしない場合とに分けて同様の計算をした。
「OPS」については、犠飛をアウトにカウントしない方法で計算した。
2.走者状況の成績
さて、この表でまず目につくのは無死及び1死走者有りの局面での異常な打率の高さであろう。有走者すべての状況で無走者の状況を上回っているほか最も高い1死一三塁に至っては1死無走者の場合を9分2厘も上回っている。多くの走者を背負う投手というものはそもそも力が落ちるか調子が落ちるかしているものだが、それを考慮しても異常である。
他にも軒並み高い状況というのは存在し、無走者を5分も上回るケースが8つある。
ところが2死になるとこの状況は一変。すべての項目でほとんど走者なしと変わらない打撃状況となる。多少の上下動はあるが、無死1死の場合と比較すればほとんど誤差の範囲と言っていいかもしれない。
何故突然有走者になったとたんに打率 がハネ上がり、2死になったとたんに落ち着いてしまうのか。走者からの働きかけにより投手が投げにくくなり、それで打者が助かっているのだろうか?
ないとは言えない。しかし、仔細に見ると、異常な高さを記録しているのはすべて無死又は1死で三塁の走者を置いた状況なのである。
例えば満塁の状況でそんなに投手が走者に気を取られるものなのだろうか?もしそうだとして、2死になったら突然気を取られなくなるのは何故なのか?
そもそも2死一塁が走者の最も走ってきやすい状況なのではないか?この状況で一番ハネ上がるならまだわかるが現実はそうなっていない。
「打者が燃える」「勝負強い打者がいる」とした場合もそうである。
2死になるとこれらの打者は急に燃えなくなるのだろうか?
これは一部にはスクイズの警戒などもあるだろうが、要因は以下の3つに集約できると考える。
3.要因
(1) 守備位置
まず三塁に走者が居る場合に大きな影響があることからして、守備位置、特に内野の前進が考えられる。2死になれば打者を打ち取ればイニングが終了するため通常レベルの守備フォーメーションが組まれ、異常な打率は通常に落ち着く。
投げる側の都合と、打つ側の都合ではなく、守っている側の都合。表を矛盾無く説明できるのは唯一その考え方である。例えば1死二塁と1死三塁では後者の打率が6分7厘も高いが、2死になったとたんにこの関係は逆転してしまう。
また、無死一二塁と一三塁の状況では、一三塁の方のBabipが5分4厘も高くなっている。一二塁が三塁封殺発生のため無走者ならアウトにできない三遊間の打球が時にアウトになる、といった小さな理由はあるだろうが、この差は少々重過ぎる。これだけの差は私だったらオフに戦術の損益をもう一度見直したいと考える。
(2) 犠飛の存在
打撃率ルールの上で、無死又は1死で三塁に走者を置いた状況と、それ以外の状況では非常に大きな相違があることはご存知のとおり。前者の状況は外野フライの多くは凡打としてカウントされないことになる。過去7年では全打数のうち概ね15%がこの犠飛となっており、「隠れた凡打」として得点圏打率の分母からは除かれている。
(3) 投手の選択
例えば2死二三塁のように、投手の側で四球を出しやすい状況も存在する。同点の最終回など、三塁に走者を置いた場合、極端な話、打者を2人までパスできることになる。投手の側で打者を選択していることになる。これも2死での打率を下げる要因の1つにはなるだろう。無死一塁(0.042)や、満塁(0.052)の四球率に比較して、四球を出すことに抵抗の小さい2死二三塁の四球率(0.186)は4倍レベルとなっている。
なお、すべての状況でこの0.186という四球率をマークしてしまえば、打率0.250の相手に対して1イニングに1つの四球を与えることになり、炎上間違いなしのレベルとなる。
このデータにおける四球は投手の心象風景を現しているのかもしれない。無死一塁や一二塁ではめったなことでは歩かすことはできない。それに対して2死二塁三塁なら四球により打者を選択する他に、カウントを悪くした場合に無理をしていない条件も考えられる。無死一塁や一二塁に比べて無死満塁の状況で僅かに四球率が高くなっているのは、この中に、本当の本当にストライクが入らない状態になってしまった投手が含まれているようで少々微笑ましい。
「打率」の欄と「犠飛アウト」の欄とを見比べればコントラストは明らかである。「打率」の欄の挙動が異常なのに比較して「犠飛アウト」の欄の挙動は常識的な範囲に留まっている。また、三塁に走者を置いた際の前進守備の影響については「Babip」によく確認することができる。そして、得点圏打率の部分として採用されるのは「犠飛アウト」や「Babip」の欄の数字ではなく、より異常な「打率」の欄の数字なのである。例えば1死一三塁の状況。打率0.344の打者と0.298の打者が居たとして、投手の側の応対はおそらく異なるだろうが、この2つは犠飛の扱いが異なるだけで、同じ打者の同じ打撃結果である。
このように大きなノイズを含む状況が多いというほかに、サンプル数が全打席の1/4に過ぎない点も得点圏打率の問題の1つである。このレベルでは信頼区間の公式から、何もなかったとしても実力通りの打率に比べて運だけで上下に1割6分も変動し得る。
たまたま1死で少なくとも三塁に走者をおいて多くの打数を重ねた打者は得点圏打率がハネ上がり、2死で得点圏に走者をおいた局面で比較的多くの打数を重ねた打者は得点圏打率が上がらず前者は「勝負強い」という風評が立ち、後者には「勝負弱い」といった風評が与えられる事態も過去にはあったかもしれない。前者は見た目と異なり意外とチーム得点の増加に寄与せず、何故チームが多くの得点を挙げられないのか不思議がられるケースもありそうだ。
また、得点圏打率は僅かながら通常の打率よりは高めで推移するものであることや、上記のサンプル数の少なさ、迎えた状況の割合などにより、異常な得点圏高打率をマークしてしまう打者や、毎年打率よりも得点圏打率の方が高い打者、といったものも普通に存在しそうである。
得点圏打率はノイズを多く含み、かつ何かを雄弁に物語ることのできるスタッツではない。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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