野球における不確実性を考える “BABIPについて”
Student [ 著者コラム一覧 ]
1.はじめに
前回は野球における“運”の影響について少し説明させていただきました。野球には,選手にはコントロールできない“運”に相当する要素があって,選手の成績は自身が持つ能力と運によって決定されているというものです。
選手の成績が運によって左右されているのであれば,それを除いた選手の能力が知りたくなるのが人情なわけですが,単純にそれを測定するのは容易ではありません。とはいえ,運の良し悪しを測ると考えられている指標がないわけではありません。
それは,Batting Average on Balls In Play(以下,BABIP)と呼ばれる指標です。BABIPについては,以前蛭川皓平氏がコラムを書いてくれているので,そちら(BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 1、BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 2)を御覧になっていただければ助かります。
さて,蛭川氏のコラムでは,“BABIPが「完全に」運であるという考えは間違っている”と指摘されています。結論としては私の意見も同じなのですが,今回は違った角度からデータを見て行きたいと思います。
基本的なスタンスとして,BABIPが運の要素を反映した指標であれば,データにはこのような傾向が現れるだろうという形式で分析して行きたいと思います。
2.データ分析
分析対象者は2006~2010年までのNPB12球団の野手で年間10打席以上の記録がある選手1373名です。
まずはこの選手たちの打席数とBABIPのデータに着目して行きたいと思います。
以下の表1は各選手の打席数を100打席ずつに区切ったもので,各打席数に該当する選手の数を示したものです。

次に,同じようにBABIPの成績を区切って分類したものを表2に示します。

この表1と表2を掛け合わせたデータを表3-1に示します。

この表より打席数別にBABIPがどの程度の選手が何人いるかがわかるのですが,なぜこのようなデータを示したかというと,このデータからBABIPがどの程度運の要素を反映しているのかがわかるからです。
前回のコラムで,以下のような運の性質をあげました。
・データ数が少ないと極端な幸運や不運が起こり易い。
・データ数が増えると,幸運と不運が相殺され,運の影響は小さくなる
そして,BABIPの性質として,平均 .300前後に落ち着くというものがあります。多くの選手を集めるとその中には幸運な選手もいれば不運な選手もいるわけで,それらの選手の成績を平均すれば運の影響は相殺されて極めて小さくなります。したがって,このBABIPの平均.300という値が「幸運でも不運でもない」状態といえるでしょう。ということは,このBABIPの性質に先ほどの運の性質を加味すると
・打席数の少ない選手は,BABIPが平均 .300より極端に高いか低い選手が多い
・打席数の多い選手は,BABIPが平均である .300前後の選手が多い
ということになります。表3-1のデータでは打席数ごとに選手数が違うので割合で示したものを表3-2に示します。

表中の赤枠で囲った部分が平均 .300前後の成績を示しており,水色で囲った部分はBABIPが極端に高いか低い成績であることを示しています。つまり,水色の枠で囲った部分では打席数が多いほど選手の割合が少なくなり,赤枠で囲った部分では,打席数が増えるほど選手の割合が増えることになります。
表3-2の中で選手の割合が10%を越えた箇所に色をつけたものを表3-3に示します。

この表からいえることは,打席数が多いほどBABIPが.300前後の選手の割合は増えるのですが,ポイントは .300を中心に均等ではなく,打席数の多い選手はBABIPが .300以上の選手が多くなっています。
「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提が正しいのであれば,打席数の多い選手はどちらかというと運の良い選手が多いことになります。
野球の神様はたくさん打席に立つ選手が好きで,そういう選手が幸運になるように便宜をはかってくれるのでしょうか?
この解釈はあまり合理的ではなく,無理にこのように解釈するよりは,「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提が正しくないと考えるほうが適当であると思います。
では,なぜ打席数の多い選手はBABIP .300以上と高い成績を残すのでしょうか?これを考えていくために,打率とBABIPの関係を見てみたいと思います。図1にデータを示します。

打率が高くなるほど,BABIPの成績も高くなることが図より見て取れると思います。打率とBABIPの相関係数を表4に示します。

データを見ると,相関係数は .893と比較用に示した,打率と長打率との相関関係よりも高くなっています。打率をヒットを打つ能力,BABIPを運と考えると,本来この2つは無関係であるはずなのですが,このような結果となってしまいました。このデータの解釈は2通り可能です。
・ヒットをたくさん打った打者は幸運である。
・BABIPは運の良い打者だけでなく,ヒットを打つ能力の高い選手も同じように運が良い打者と評価してしまっている。
良い成績を収めるためには,ある程度の幸運の後押しも必要であるとは思いますが,私としては後者の解釈を採用します。
BABIPは,ヒットを打つ能力の高い選手も運が良い打者と評価してしまっているのであれば,打席数の多い打者でBABIPが高い選手が多くなることにも納得がいきます。
プロ野球は結果の世界なので,結果を出している(ヒットをたくさん打つ能力が高い)選手ほど機会をもらう(打席数が多い)ことができます。したがって,打席数が多い打者ほど打率の高い打者が多く,その結果BABIPも高い選手が多くなっていると考えられます。
野球の神様が幸運を与えてくれると考えるよりは,こちらの方が妥当な考え方ではないでしょうか。
3.まとめ
以上,BABIPについて分析してみました。「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提を満たすような結果ではなかったため,これでは運の指標とはいえないだろうというのが今のところの結論です。
次は,投手側のBABIPである被BABIPについても同じような分析をしてみてその性質を確認してみたいと思います。被BABIPのみが運を反映するとは思えませんが,BABIPとは何かを考えていく上で役に立つと思います。
参考コラム
BASEBALL LABより,蛭川皓平氏のコラム
・BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 1
・BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 2
前回は野球における“運”の影響について少し説明させていただきました。野球には,選手にはコントロールできない“運”に相当する要素があって,選手の成績は自身が持つ能力と運によって決定されているというものです。
選手の成績が運によって左右されているのであれば,それを除いた選手の能力が知りたくなるのが人情なわけですが,単純にそれを測定するのは容易ではありません。とはいえ,運の良し悪しを測ると考えられている指標がないわけではありません。
それは,Batting Average on Balls In Play(以下,BABIP)と呼ばれる指標です。BABIPについては,以前蛭川皓平氏がコラムを書いてくれているので,そちら(BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 1、BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 2)を御覧になっていただければ助かります。
さて,蛭川氏のコラムでは,“BABIPが「完全に」運であるという考えは間違っている”と指摘されています。結論としては私の意見も同じなのですが,今回は違った角度からデータを見て行きたいと思います。
基本的なスタンスとして,BABIPが運の要素を反映した指標であれば,データにはこのような傾向が現れるだろうという形式で分析して行きたいと思います。
2.データ分析
分析対象者は2006~2010年までのNPB12球団の野手で年間10打席以上の記録がある選手1373名です。
まずはこの選手たちの打席数とBABIPのデータに着目して行きたいと思います。
以下の表1は各選手の打席数を100打席ずつに区切ったもので,各打席数に該当する選手の数を示したものです。

次に,同じようにBABIPの成績を区切って分類したものを表2に示します。

この表1と表2を掛け合わせたデータを表3-1に示します。

この表より打席数別にBABIPがどの程度の選手が何人いるかがわかるのですが,なぜこのようなデータを示したかというと,このデータからBABIPがどの程度運の要素を反映しているのかがわかるからです。
前回のコラムで,以下のような運の性質をあげました。
・データ数が少ないと極端な幸運や不運が起こり易い。
・データ数が増えると,幸運と不運が相殺され,運の影響は小さくなる
そして,BABIPの性質として,平均 .300前後に落ち着くというものがあります。多くの選手を集めるとその中には幸運な選手もいれば不運な選手もいるわけで,それらの選手の成績を平均すれば運の影響は相殺されて極めて小さくなります。したがって,このBABIPの平均.300という値が「幸運でも不運でもない」状態といえるでしょう。ということは,このBABIPの性質に先ほどの運の性質を加味すると
・打席数の少ない選手は,BABIPが平均 .300より極端に高いか低い選手が多い
・打席数の多い選手は,BABIPが平均である .300前後の選手が多い
ということになります。表3-1のデータでは打席数ごとに選手数が違うので割合で示したものを表3-2に示します。

表中の赤枠で囲った部分が平均 .300前後の成績を示しており,水色で囲った部分はBABIPが極端に高いか低い成績であることを示しています。つまり,水色の枠で囲った部分では打席数が多いほど選手の割合が少なくなり,赤枠で囲った部分では,打席数が増えるほど選手の割合が増えることになります。
表3-2の中で選手の割合が10%を越えた箇所に色をつけたものを表3-3に示します。

この表からいえることは,打席数が多いほどBABIPが.300前後の選手の割合は増えるのですが,ポイントは .300を中心に均等ではなく,打席数の多い選手はBABIPが .300以上の選手が多くなっています。
「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提が正しいのであれば,打席数の多い選手はどちらかというと運の良い選手が多いことになります。
野球の神様はたくさん打席に立つ選手が好きで,そういう選手が幸運になるように便宜をはかってくれるのでしょうか?
この解釈はあまり合理的ではなく,無理にこのように解釈するよりは,「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提が正しくないと考えるほうが適当であると思います。
では,なぜ打席数の多い選手はBABIP .300以上と高い成績を残すのでしょうか?これを考えていくために,打率とBABIPの関係を見てみたいと思います。図1にデータを示します。

打率が高くなるほど,BABIPの成績も高くなることが図より見て取れると思います。打率とBABIPの相関係数を表4に示します。

データを見ると,相関係数は .893と比較用に示した,打率と長打率との相関関係よりも高くなっています。打率をヒットを打つ能力,BABIPを運と考えると,本来この2つは無関係であるはずなのですが,このような結果となってしまいました。このデータの解釈は2通り可能です。
・ヒットをたくさん打った打者は幸運である。
・BABIPは運の良い打者だけでなく,ヒットを打つ能力の高い選手も同じように運が良い打者と評価してしまっている。
良い成績を収めるためには,ある程度の幸運の後押しも必要であるとは思いますが,私としては後者の解釈を採用します。
BABIPは,ヒットを打つ能力の高い選手も運が良い打者と評価してしまっているのであれば,打席数の多い打者でBABIPが高い選手が多くなることにも納得がいきます。
プロ野球は結果の世界なので,結果を出している(ヒットをたくさん打つ能力が高い)選手ほど機会をもらう(打席数が多い)ことができます。したがって,打席数が多い打者ほど打率の高い打者が多く,その結果BABIPも高い選手が多くなっていると考えられます。
野球の神様が幸運を与えてくれると考えるよりは,こちらの方が妥当な考え方ではないでしょうか。
3.まとめ
以上,BABIPについて分析してみました。「BABIPが運の要素を反映した指標である」という前提を満たすような結果ではなかったため,これでは運の指標とはいえないだろうというのが今のところの結論です。
次は,投手側のBABIPである被BABIPについても同じような分析をしてみてその性質を確認してみたいと思います。被BABIPのみが運を反映するとは思えませんが,BABIPとは何かを考えていく上で役に立つと思います。
参考コラム
BASEBALL LABより,蛭川皓平氏のコラム
・BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 1
・BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 2
Baseball Lab「Archives」とは?
Baseball Lab「Archives」では2010~2011年にかけてラボ内で行われた「セイバーメトリクス」のコンテンツを公開しております。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
月別著者コラム
最新コラムコメント
|
|
|
|
|
コメント