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真の防御率

蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/04/20(水) 10:00rss

1.DIPSの考え方
 
 投手を守備から切り離して評価することは可能なのだろうか。
 
 攻撃に関しては、打者はそれぞれ個別に打席に入るため責任の区分は必然的に明確になる。ある安打について、それを放った打者が誰なのかはいつも誰の目にも明らかである。しかし守りについて言うと投手の働きと守備者(野手)の働きは有機的に結びついており、ある安打について「投手のせいなのか守備のせいなのかはっきり判断できない」ということは現実にあり得る。そのため、失策といった部分的な区分は行われているにしろ、実質的に防御率や勝敗といった投手の評価はチームの守備力を織り込んだものになってしまう。
 
 この点についてひとつの明確な線引きを行ったのがボロス・マクラッケンである。マクラッケンは守備に依存せずに投手の実力を評価するため、投手の成績から守備に依存するものとそうでないものを分ける作業を行った。その結果、本質的に守備に依存しないのは奪三振・与四球・被本塁打だけであるとし、その3つの項目によって投手を評価する手法であるDIPS(Defense Independent Pitching Stats)を開発した。
 
 DIPSの手法は投手を評価するときに(本塁打を除く)被安打を無視する考え方であり、被安打が投手の責任でないとする評価は従来の常識に反するため物議を醸した。しかしさまざまな議論を経て、現在ではDIPSは投手を評価するにあたって非常に有用な指標として扱われている(このあたりの議論についてはBABIP~Part1Part2で詳しく紹介している)。
 
 
2.打球の責任分担
 
 基本的にDIPSは本塁打を除く打球に関しては全ての投手について一定の得点価値を見込んでいる。グラウンド上へ飛んだ打球については一切、質の区別がないということである。
 
 このような手法は大雑把ではあるが、投手と守備の責任区分の方式について重要な点を示唆している。投手はさまざまに打球を発生させるが、それがどれだけアウトになるかに関しては「一般的な水準」のようなものが存在する。守備がその水準を満たすほどアウトを奪えずに失点が増えてしまったとしても、それは投手の責任ではない。逆に守備が水準を大きく超えてアウトを奪い失点を防いだとしても、それは投手の手柄ではない。投手については打球を発生させた分についての「一般的に言えばこのくらいの失点が発生する」という数字を評価として与えることが妥当である。
 
 そしてDIPSの発想をさらに進めていくと、一口に打球といってもさまざまだから、その打球の内容を区別すればより適切に投手の責任を評価することができるのではないかということが考えられる。
 
 たとえば、守りの観点から見たときゴロが発生するかライナーが発生するかは守備ではなく投手の問題である。統計的にライナーはゴロに比べて安打になる確率が遥かに高いが、ライナーが多く発生して結果的に多くの安打を許すことになったとしても、それは守備の責任ではなく投手の責任と考えるべきである。守備と投手を別個にして考えると、仮にライナーがアウトになる割合の平均を25%とすると、ライナーを打たせた時点で(それが実際にアウトになるか否かに関わらず)投手については「0.25個のアウトを奪った」と評価することになる。実際にアウトになったかどうかで投手を評価すると、その評価は守備に依存するものとなってしまい投手自身の働きを表すものとしては適切ではない。
 
 あるいは、投手が処理の簡単な内野フライを打たせたのに野手がうっかり落としてしまったとする。これは安打ではあっても、その責任の全てを投手に帰するのはフェアとは言えない。内野フライを打たせたところまでが投手の責任とすれば、守備の気まぐれに左右されずに投手の働きを評価できる。
 
 つまり守りの責任分担を詳細に考えていくと、ある種の打球が発生したところまでは投手の責任であり、それが実際にアウトになったか否かは守備の責任とする方式が考えられる。そのような方式が実現すれば、従来のDIPSのように安全な打球を多く打たせた投手とそうでない投手が同一に扱われることの不公平感が解消され、より働きの実態に迫った評価をすることができる。
 
 
3.打球種別得点価値の計算
 
 では実際に、打球の種類によって守備にとっての安全度はどれだけ異なるのだろうか。日本プロ野球2008~2010年のデータから、本塁打以外の打球をゴロ・ライナー・内野フライ・外野フライに分けてそれらに見込まれる平均的な失点数・アウト数を計算すると以下のようになる(奪三振・与四球などについても合わせて掲載する)。


  
 この表は、ゴロであれば一般的にゴロを打たれることによって発生する失点が0.044点であり、74.4%がアウトになるからゴロひとつあたりに見込まれるアウトは0.744であることを表している。当然得点価値が低いほど、アウト期待値が高いほど守備側にとっては好ましいイベントということになる。なお、得点価値は各イベントの発生でどれだけ得点期待値が変化するかを集計した結果から得られたものである。
 
 ライナーの得点価値は0.320であり、ゴロ(0.044)よりもずっと大きいことがわかる。これはライナーが守備にとって大きくマイナスなイベントであることを意味している。ライナーが発生したとき、そのような種類の打球が発生したところまでは投手の問題だが、それを実際にアウトにできるかどうかは守備の問題である。したがって投手にはライナーの平均的な価値である0.320の失点を与えることが「詳細な部分まで責任を明確にした上で守備を平均化した評価」としては妥当となる。
 

4.真の防御率tERA
 
 さて、投手の評価指標として一般的である防御率の計算式は「自責点/投球回×9」だが、前述のデータを使うと防御率の計算に用いる自責点と投球回を「守備から独立した」ものに置き換えることができる。具体的にどのように計算するのか、2010年度パ・リーグMVPのソフトバンク・和田毅のデータを使って見てみる。守備から独立した項目と打球種の区別という観点から見た和田の投球成績は次の表の通り。
 

 
 
 そして各イベントに対して見込まれる失点数とアウト数を掛け合わせていく。
 


 守備が平均的だと仮定すると、和田の投球内容から期待される失点は56.5であり、アウト数は489.4となった。56.5を489.4で割り27倍したものが9イニング(=27アウト)あたりの失点数すなわち失点率であり、馴染みやすい防御率の大きさに直すために0.93倍すると最終的には2.90という数字が出てくる。打球の内容まで細かく考慮した上で守備の影響を取り除いて評価すれば、和田の防御率は2.90だという意味である。
 
 以上の計算を式にすると下のようになり、この方式はグラハム・マカリーが開発しFanGraphsなどで利用されているtERA(真の防御率)と呼ばれる指標に倣っている。
 
tERA=0.93×{(0.298×四球+0.327×死球-0.108×三振+1.411×本塁打+0.044×ゴロ+0.320×ライナー-0.118×内野フライ+0.163×外野フライ)/(三振+0.744×ゴロ+0.245×ライナー+0.980×内野フライ+0.648×外野フライ)×27}
 
 式は長く一見わかりにくいが、表で見たようにそれぞれのイベントに係数を掛けているだけであり内容は単純である。要するに守備が平均的だとした場合に各イベントにどれだけの失点・アウトが見込まれるかを計算し、そこから防御率を算出している。なお、ここでいうライナーや外野フライから本塁打は除外されている。
 
 最終的にtERAが表すのは「守備を平均的と仮定した場合の防御率」である。一般的に用いられるFIPと何が違うかというと、繰り返しになるが、FIPは本塁打を除く打球を全て同一に扱うのに対してtERAは打球の内容を区別しそれぞれに見合った失点数を与えることである。たとえば奪三振・与四球・被本塁打の内容が同じでも比較的安全な打球であるゴロを多く打たせた投手とライナーや外野フライを多く打たせた投手では、tERAを用いる場合前者のほうが高い評価となる。平たく言えば、打たせて取るピッチングのようなものがある程度反映されることになる。もちろんtERAもFIPもボロス・マクラッケンに端を発するDIPSの考え方に基づく指標である点について変わりはない。色々な指標があって煩わしいようではあるが、野球の見方や公正な評価を考える場合にどれも有意義なものと言える。
 

5.能力の評価
 
 tERAは失点に関して投手と守備の責任を明確化した指標とみることができるが、DIPSの考え方に基づいて投手の能力を評価する場合本塁打について異なる見方があり得る。
 
 BABIPについて語るときに聞くような話だが、外野フライがどれだけ本塁打になるかの割合については長期的に見れば投手ごとにほぼ一定であり差がつかないものとされる。そうだとすれば、外野フライに比して本塁打が多いかどうかは運の問題でありはじめから外野フライに一定の本塁打数を見込んでしまったほうが実力の評価としては適切なものになる。
 
 tERAで外野フライに一定の本塁打を見込むように計算をすると、得点価値とアウト期待値は以下になる。
 

 
 この係数を使って計算されるtERAは投手の結果的な働きを表すというよりは隠れた能力を表すものと考えられる。本塁打を外野フライに内在させてしまうのか区別するのかは、能力を評価したいか結果的な責任を明確にしたいかで使い分けられるだろう。
 
 そもそも、tERAは安全な打球を打たせたかどうかを評価に含める指標ではあるがそのような側面について投手ごとに再現が期待できるかどうかは別問題である(むしろBABIPの研究からそうでない可能性のほうが高い)。指標の有用性は目的に対して存在するものであり、能力を表す目的や予測に使う場合にはFIPやxFIPという比較的簡便な指標のほうが有効な場合もあり得る。
 

6.tERAリーダーズ
 
 最後にここまで説明してきたtERAを2010年日本プロ野球の選手について計算し、結果を示しておく。tERA’と表記しているのが本塁打を外野フライに含めて計算する方式の結果である。
 

 


 
 FIPに比べてtERAが良い投手は打球の管理に(少なくとも結果的には)成功している投手であり、tERAに比べてtERA’が良い投手は能力的には結果よりも優れたものを持つと推測される投手となる。ダルビッシュのtERA 1.91という数字は、おそらく歴史的にも極めて優れた部類のものだと思われる。
 

7.おわりに
 
 元々FIPがあることを考えると、tERAを導入したからといって投手の評価が劇的に変わるものではない。計算の手間を考えればむしろFIPのほうが優れていると言うべき場合も多いかもしれない。それでも、ただBABIPを均等に扱うだけでなくこのように突っ込んだ見方をすることも可能であるという探求が重要だと考えている。また、年度の最終評価として投手の働きを数値化する際にはこのように責任範囲を詳細に区分した指標は役立つだろう。
 
 今回のコラムを書くにあたってはSMR Baseball Labの他の著者の方からも貴重なご意見をいただいたが、結果的には筆者の独断になってしまった部分も多い。DIPSについては見方に応じてさまざまな考え方があり得るだけにどのような方式がベターかなどの指摘に関してはオープンに受け付けたいと思う。
 
 
参考文献
tRA Primer (StatCorner)
tERA / tRA (SABER LIBRARY)
Batted Balls and DIPS (The Hardball Times)
 

コメント

みんなの評価:5stars-5-0.gif

やり取りでも書きましたが、
実績ベースのならこの形が良いでしょうね。
NPB版へのアレンジとしても有用ですね。

Posted by 岡田友輔 at 2011/04/20 12:55:09 PASS:



評価:stars-5-0.gif Posted by at 2011/04/20 13:03:58 PASS:

初めまして。いつも楽しく拝見しております。
一点質問なのですが、内海投手と東野投手はバックの守備力は同じと考えられるのに、何故一方はtERAに比べて防御率が1点以上も悪いのでしょうか?
内海投手の方が東野投手よりも失点に繋がる場面で多く打たれてしまったと推測されますか?

Posted by 哲 at 2011/04/20 13:21:48 PASS:

岡田さま

私はどうしてもWARが念頭にあって、こういう形になってしまいました。
スッキリしていてよく感じます。
WARを計算するならFIPよりはこちらがいいかと。


哲さま

初めまして。
tERAから漏れている構造的な失点要因は主に2点あります。
ひとつは発生した打球が実際アウトになるかどうかの守備と、その周辺の運。同チームで同じ守備陣といっても、たまたま特定の投手のときにある程度BABIPが偏ることは単年レベルでは十分あり得ます。
もうひとつはイベントが発生するシークエンス(順序)。これは例えば「四球→四球→四球→本塁打」と「本塁打→四球→四球→四球」のようにどのような順序で各イベントが発生するかで結果としての失点が異なるということですが、これもBABIPと一緒で運の要素が大きい部分です。
内海の場合はBABIPが悪かった(打球が多くヒットになってしまった)ことが理論値との乖離の要因としては大きいようですね。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/04/25 18:41:04 PASS:

蛭川様

お返事ありがとうございます。なるほどです、勉強になりました。
投手の左右の違いで打球を処理する選手に偏りがあったとかもあるのかもしれませんね。とても面白いです。

Posted by 哲 at 2011/04/26 11:16:58 PASS:
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