捕手リードの得点化
道作 [ 著者コラム一覧 ]
1.「打撃結果というものはかりそめのものなのではないだろうか?」
今、打者が左中間に痛烈な当たりを放ち、打球が外野を抜けたとする。打者は悠々と二塁に生きる。誰が何と言おうと二塁打である。疑問の余地はない。しかし、この疑問の余地がないということは野球の中の物語に照らしてそうである、ということに過ぎない。
どのように痛烈なライナーを放とうとも、たまたまその打球が飛んで行く先に誰かがグラブを持って立っていれば、それはおそらくアウトの打球としてカテゴライズされるだろう。打撃行為として成功した打球であっても、プレーの結果として成功した打球となり得る保証はない。
これまでアウト・セーフ・安打・凡打といった方法によって打撃結果を分類し、評価付けが行われてきた。確かに最終的な目標である勝利にしたところで、野球の物語の中での利益を積み重ねて得るものである以上、これは当然のことであるかもしれない。しかし、この打撃結果は幸運などの多くのノイズを含むものである。
また、放たれた打球が誰かに捕られる前に地面に触れようが触れるまいが、外の世界のルールによればその価値に相違があるわけではない。あくまで野球の世界の中においてこその価値である。外部の概念に従う限り、打撃結果そのものに価値はない。
視点を変えれば、野球のルールとは離れた方向性からの「外の論理」に立脚した評価というのも普通に成り立ち、こちらの方がむしろピュアに能力を表現できるものに成り得るということはないのだろうか。
500打数150安打30二塁打20本塁打打率0.300打点80といった打撃結果ではなく、ノイズを含む前の550打席50四球80三振200ゴロ50ライナー120フライ50フライナー(注1注2)といったスタッツの方が現実をよく反映しているのではないだろうか。これらはあくまで物理的な視点に近い。バットを振ったのかどうか、バットに当たったのか当たらなかったのか、打球は強い打球だったのか。現段階の常識ではこちらの方はヴァーチャルな打撃成績に過ぎないのかもしれないが。
こうして最近はBattedball 系の考え方に興味をそそられているところである。
2.「1匹も釣れない日」は別の見方では丸1日水たまりに糸を垂らし続けた日でもある
打撃結果だけではなく、そのポテンシャルまで積極的にカウントしようとする試みは当SMRサイトにおいて、守備のBattedball Stats、投手の「真の防御率」と取り上げられてきている。
守備と投手の記録についてこれらの手法を使わなければならなかったのは偶然ではない。守備の力と投手の力は相互に依存しあっている。特にインプレー打球の場合には、従来の安打・凡打等の分類方法に従う限り、その責任分担は曖昧なものとならざるを得ない。
このことに対して投手の「真の防御率」については、野球ルール上の打撃結果に関わらず、物理的な打撃結果による分類方法を用いることにより守備や運の影響を排除して能力を抽出することにかなり成功している。FIPSあたりと比較すれば、対象となる打球のサンプル数が大きくなるところも魅力である。また、守備力に関しても「一つ一つの守備がどうだったのか」ではなく、「ライナー一般」「ゴロ一般」といった概念で打球をくくり、投球の影響と分断したことにより、ZR系の見方とは正反対のマクロな方向からのアプローチを可能なものとしている。
マクロ方向からの視点といえば過去にはRF系の指標があったが、上記のとおりBattedball系の考え方は野球のルールを一部逸脱しているところが大きく異なる点である。
イベント別Run Value 守備関与なし(2008~2010 データスタジアム社集計)
イベント別Run Valueプレー完成後(2008~2010 データスタジアム社集計)
以下は一度、「ライナー」「ゴロ」といった映像を頭の中から追い出してから読んでほしい。「フライ」などの名称の代わりに別の記号を当てはめるような感覚で。
まず攻撃側が「ライナー」と呼ばれる事象を発生させたとする。この事象は「ライナー」のままでいることはできず、最終的に「アウト」と「それ以外」の2通りのうちいずれかの結果に収束しなくてはならない。そしてこの「ライナー」は打者により生み出された時点で0.3を超える得点期待値を持っている。得点として顕在化するしないに関わらず「ライナー」は0.3 得点分のポテンシャルを持っているわけである。さらにアウトにできる可能性は0.245に過ぎない。
しかしこれは非常に危険な事象である。同種の打球はプロ野球の守備をもってしても約3/4を生かしている上に、他球団に比して有意に多くのアウトを稼げた形跡のある球団は今のところ存在しない。有態に言えば運の助けがなければこの打球からアウトは取れないことになる。
この後アウトになればこの0.3の得点期待値を-0.26(アウト一般の得点期待値)に変える。また、単打となれば0.3 の得点期待値を打たれた後で0.446(単打の得点期待値)に変えたことになる。こうして一つのプレーは終わる。
このようにして求められたスタッツは遠い将来、打撃・投球・守備を包含する大統一指標として完成するのかもしれない。ただし、これにより他のスタッツはすべて抹殺されるものとも思わない。
3.「定義ができなければ分析もない」
さて、ここまでの前置き(?)を踏まえた上で上記のような考え方を敷衍すれば捕手のリードに関しても解析の手段となり得る。
従来、捕手のリードの巧拙についてはCeraの考え方が提案されてきた。同じ投手陣、同じ守備陣の中で、複数の捕手が残した失点率の差によりリードを判断する。例としてある球団で1年間の出場機会を複数の捕手が分け合っているような場合、それぞれの捕手が受けている時の防御率を比較して、失点の少ない側の捕手のリードが優れていると評価するような考え方である。ある程度多いイニング数を投げているであれば一人の投手に対しても同様の考え方を適用することができる。
①ある程度のイニング数に出場した捕手が複数存在する球団でなければ直接的な比較は難しいこと。そしてそのような組み合わせは中々都合よく得られるわけではなく、あったとしても球団をまたぐことは難しい。A捕手の出場は年間1200イニングであり、B捕手は年間50イニングで、かつB捕手の出場は特定の投手の登板時に限るなどという組み合わせでは話にならないこと。
②防御率や失点率自体が打撃結果同様大いにノイズを含むものであること(前述)
③3アウトで相手の攻撃がリセットされることにより、攻撃手段の出現順や3アウト目がどこで挟まるかにより失点数はおおいに影響を受けること。また、イニング途中で登場する投手や捕手は良い結果を残しやすいことになる。なぜなら登場時点で1アウト以上になっている場合があり、そこから3アウト目まで自分が生かした走者を生還させなければ失点・自責点はクレジットされないこと。無死からの交代でも、前の投手が残した走者を進めようと相手が犠打を用いてくれた場合など、かなりおいしい事になる。
捕手のリードは言わばブラックボックスの中である。相手の攻撃結果がどのような形になろうとも、直接的にその影響力を立証するのは難しいことである。ただし、ブラックボックスがあれば人情としてその中身を覗きたくなるのは洋の東西を問わない。上記のような問題はあるにせよ、その実際の効能を知るために、失点や自責点ではなく被出塁率や被OPSを使用するなど、様々な努力がなされてきた。このような研究の結果、生み出されたものにBaseball Prospectus 社の論文がある。歴史上存在したすべてのバッテリーの組み合わせに当たったこの解析の結果では、メジャーのレベルの中では、特定の捕手がリードにより一貫して投手の能力に良い影響をもたらしている例はないことが判明した。
「リード面で投手を助けて打者をより多く打ち取らせる捕手の才能というものは存在しない。もしかすると結果の多くは単なる運に過ぎない。」
日本のコアな野球ファンにとってはこの結果を許しがたいと考える向きもあるかもしれない衝撃的な内容ではあるが、非常に興味深い解析である。
これに対して、「OPSなどの一般的な打撃結果や失点」以外のアプローチで解析を行う考え方はどうなのだろうか。
本サイトのコラムにおいて投手の得点阻止能力は守備関与前のイベント別Run Valueを使用している例がある。同じく守備の得点阻止能力に関しては守備関与前とプレー完成後のイベント別Run Valueの差により求めるコラムが発表されている。
ならば、捕手のリードについては守備関与前のイベント別Run Valueにより求められなければならない、というのも一つの考え方である。この方法によれば、OPSや失点などの打撃結果を基にするのと異なり、移籍した投手や捕手の成績も対象とすることができる。観測者の公正さえ確保されれば、守備や運によるノイズも余り考慮する必要がない。
BP社に対抗して、これと同様の考えに立った米国の会社がThe Hardball Times であった。(探すまでもなく大手のセイバー系であった。こちらで考えるようなことはたいがい既に実現されている。関与できる人数の日米間の差でもあるが、少々残念なことではある)上表「イベント別Run Value 守備関与なし」のMLB版を基礎とした解析結果から捕手のリードに関して別の結果が発表されている。
この解析により、「遊撃手の守備力による損得といったような大きなファクターに比べれば小さいものの、捕手により失点(というよりヴァーチャルな失点・失点ポテンシャル)の増減は確かに存在する。」という結果がもたらされた。
しかしこの解析、個人で取り組むにはその作業量は余りにも大きすぎる。企業として集団で取り組む以外に有効な方法はないのかもしれない。近年のMLBでは解析のための会社が存在するためであろうか、この手の方法が増えてきている。(例えばブラックボックスからファンの手に野球を取り戻すべく立ち上げられた会社であっても、やり過ぎは別の意味でブラックボックスに入ってしまいそうな点、今後どのような方向付けがなされるのであろうか?)
一応日本においても、私の住む札幌のファイターズがたまたま解析を有効としやすい構成であったため、結果を出してみることにした。DS社のデータの他、あくまでも1球速報を利用した個人の手作業による集計であることはご承知おきいただきたい。なお、DHなしの影響を排除したかったため、交流戦の結果は反映させていない。

想定失点はRuns Value から導き出された失点率。年間予想失点は実際にその投手が投げたイニングをすべて当該捕手が受けた場合の累計失点。合計は年間すべてのイニングを当該捕手が受けた場合に予想される失点。
4.結果
1年間の合計では鶴岡又は大野、2人のリードで10点程度失点に差が出るといった結果になった。一部で考えられているリードの効能からすると非常に小さいような気がする方が多いのではないだろうか。確かにこの程度の差であれば、ちょっとした運や数字のブレによる作用の方が大きそうであり、これだけで大野のリードの方が優れているとは言えまい。
さらにこの表にしても、完璧なものとは遠い。試合途中で交代している場合でも、正確にはイニング内のどこで捕手が交代したのか特定できない場合が数試合もあり、完全な計測とは言えない。また、ファイターズは失点阻止に特徴を持っているが、実はまともに1年間投げ続けた先発(すなわち信頼できるサンプル数を提供でき得る投手)は3人のみであり、しかも、ダルビッシュとケッペルは鶴岡が、武田勝は大野が担当していたような起用法によりバッテリーの組み合わせは大きく偏ることとなった。このことから、この3人に関する予想失点もかなり信頼性に問題を抱えることになった。この結果、実態にほど近いのはOthersとしてくくられた投手に対する両者300イニングを超えるリードと考えられる。このMr.Others に対するリードでは、1年間どちらか一人が受け続けたとして757イニングでその差は4.5失点ほど。1年間この投手達だけが1200イニング以上の全イニングを投げるとすれば、その差はさらに減少し、「鶴岡とMr.Others の1年間」「大野とMr.Others の1年間」の2つの場合で7~8点ほどの差にしかならない。
Othersとしてくくられた投手も鶴岡と大野で共通の対象として扱うには一部異なった顔ぶれ(及びイニング数)が投げている、という点を考慮してもこれでは実態として大した差にはなりそうもない状況である。
せっかく試してみた結果であるが、Baseball Prospectus を支持するものなのか、The Hardball Times を支持するものなのか、これは微妙な結果。
なお、この結果はあくまで今年のファイターズに関してのみ言えることである。現行の材料では個人で全球団について過去に遡ってまで計測するのは難しい。団体又は企業の力で結論を発表して行く以外に方法はないのかもしれないが、それでも外堀を埋めている状況から抜け出せるのか、微妙なところではある。甚大な手間をかけて得られる果実は僅かなものなのかもしれない。ただし、Runs Value 方式によりブラックボックスに風穴を開ける方向性だけは確保できたと思われるので、今後も何らかの形で関与できればと考えている。ブラックボックスを覆すことは非常に魅力的なことでもあるのだ。
5.最後に
被打撃結果についてOPSなどのプレー完成後のスタッツを使うならBaseball Prospectusの方向性。こちらはMLBレベルならば捕手のリードによっては投球結果に影響を与えることはほぼできないという結論。
被打撃結果について、守備関与前の打撃結果を採用するならHardball times の方向性。こちらはMLBレベルでもリードによる投球結果への影響はある(日本国内の常識よりは小さい影響と考えられている)とする結論。
今、国内のTV解説やメディアの文章等においては、日本の野球文化独自の現象としてリードの重要性が非常に(又は過剰に)強調されているところである。
よって、例えばメディアにおいてこの線に沿った主張を発信しようとすれば、安打を打たれたのか、失点してしまったのかといった視点ではなく、守備関与前の打撃結果を強調する方向で論を組み立てなければならないだろう。「A捕手のとき失点したから、これだけ打ち込まれたから」ではなく「全打球に占めるライナー及びフライナーの比率がB捕手のときと比べてこれだけ高いからA捕手のリードは…」といった形の根拠が必要とならざるを得ないと考える。
注1)フライナーとは、ライナーとフライの中間の打球。非常に危険な打球である。Fielding Bible(John Dewan著)の中でゴロ・フライ・ライナーの3分割以外に分類が必要な打球として記述されている。
注2)例えば本塁打の扱いをどうするのかが「真の防御率」では述べられていた。本塁打を外野フライの一部として扱うのか、それとも本塁打と外野フライに分けて扱うのか。結果、用途に応じて双方を使い分けるという結論があり、私としてもこの結論は支持しているが、この指標をピュアな形で追求しようとすれば本塁打をフライの一部として扱うやり方に魅力を感じるのは当然のことかもしれない。
そうすれば、バットにボールが当たった後のプレーはすべて数学的に均質の扱いで統一することができる。
今、打者が左中間に痛烈な当たりを放ち、打球が外野を抜けたとする。打者は悠々と二塁に生きる。誰が何と言おうと二塁打である。疑問の余地はない。しかし、この疑問の余地がないということは野球の中の物語に照らしてそうである、ということに過ぎない。
どのように痛烈なライナーを放とうとも、たまたまその打球が飛んで行く先に誰かがグラブを持って立っていれば、それはおそらくアウトの打球としてカテゴライズされるだろう。打撃行為として成功した打球であっても、プレーの結果として成功した打球となり得る保証はない。
これまでアウト・セーフ・安打・凡打といった方法によって打撃結果を分類し、評価付けが行われてきた。確かに最終的な目標である勝利にしたところで、野球の物語の中での利益を積み重ねて得るものである以上、これは当然のことであるかもしれない。しかし、この打撃結果は幸運などの多くのノイズを含むものである。
また、放たれた打球が誰かに捕られる前に地面に触れようが触れるまいが、外の世界のルールによればその価値に相違があるわけではない。あくまで野球の世界の中においてこその価値である。外部の概念に従う限り、打撃結果そのものに価値はない。
視点を変えれば、野球のルールとは離れた方向性からの「外の論理」に立脚した評価というのも普通に成り立ち、こちらの方がむしろピュアに能力を表現できるものに成り得るということはないのだろうか。
500打数150安打30二塁打20本塁打打率0.300打点80といった打撃結果ではなく、ノイズを含む前の550打席50四球80三振200ゴロ50ライナー120フライ50フライナー(注1注2)といったスタッツの方が現実をよく反映しているのではないだろうか。これらはあくまで物理的な視点に近い。バットを振ったのかどうか、バットに当たったのか当たらなかったのか、打球は強い打球だったのか。現段階の常識ではこちらの方はヴァーチャルな打撃成績に過ぎないのかもしれないが。
こうして最近はBattedball 系の考え方に興味をそそられているところである。
2.「1匹も釣れない日」は別の見方では丸1日水たまりに糸を垂らし続けた日でもある
打撃結果だけではなく、そのポテンシャルまで積極的にカウントしようとする試みは当SMRサイトにおいて、守備のBattedball Stats、投手の「真の防御率」と取り上げられてきている。
守備と投手の記録についてこれらの手法を使わなければならなかったのは偶然ではない。守備の力と投手の力は相互に依存しあっている。特にインプレー打球の場合には、従来の安打・凡打等の分類方法に従う限り、その責任分担は曖昧なものとならざるを得ない。
このことに対して投手の「真の防御率」については、野球ルール上の打撃結果に関わらず、物理的な打撃結果による分類方法を用いることにより守備や運の影響を排除して能力を抽出することにかなり成功している。FIPSあたりと比較すれば、対象となる打球のサンプル数が大きくなるところも魅力である。また、守備力に関しても「一つ一つの守備がどうだったのか」ではなく、「ライナー一般」「ゴロ一般」といった概念で打球をくくり、投球の影響と分断したことにより、ZR系の見方とは正反対のマクロな方向からのアプローチを可能なものとしている。
マクロ方向からの視点といえば過去にはRF系の指標があったが、上記のとおりBattedball系の考え方は野球のルールを一部逸脱しているところが大きく異なる点である。
イベント別Run Value 守備関与なし(2008~2010 データスタジアム社集計)
イベント | 得点価値 | アウト期待値 |
四球 | 0.298 | なし |
死球 | 0.327 | なし |
三振 | -0.108 | 100% |
本塁打 | 1.411 | なし |
ゴロ | 0.044 | 74.4% |
ライナー | 0.320 | 24.5% |
内野フライ | -0.118 | 98.0% |
外野フライ | 0.163 | 64.8% |
イベント別Run Valueプレー完成後(2008~2010 データスタジアム社集計)
イベント | 得点価値 | イベント | 得点価値 |
単打 | 0.446 | 故意四球 | 0.170 |
二塁打 | 0.783 | 四球 | 0.298 |
三塁打 | 1.143 | 死球 | 0.327 |
本塁打 | 1.411 | FC | 0.683 |
打数-安打 | -0.261 | 盗塁 | 0.168 |
三振 | -0.266 | 盗塁死 | -0.310 |
相手のエラー | 0.482 |
以下は一度、「ライナー」「ゴロ」といった映像を頭の中から追い出してから読んでほしい。「フライ」などの名称の代わりに別の記号を当てはめるような感覚で。
まず攻撃側が「ライナー」と呼ばれる事象を発生させたとする。この事象は「ライナー」のままでいることはできず、最終的に「アウト」と「それ以外」の2通りのうちいずれかの結果に収束しなくてはならない。そしてこの「ライナー」は打者により生み出された時点で0.3を超える得点期待値を持っている。得点として顕在化するしないに関わらず「ライナー」は0.3 得点分のポテンシャルを持っているわけである。さらにアウトにできる可能性は0.245に過ぎない。
しかしこれは非常に危険な事象である。同種の打球はプロ野球の守備をもってしても約3/4を生かしている上に、他球団に比して有意に多くのアウトを稼げた形跡のある球団は今のところ存在しない。有態に言えば運の助けがなければこの打球からアウトは取れないことになる。
この後アウトになればこの0.3の得点期待値を-0.26(アウト一般の得点期待値)に変える。また、単打となれば0.3 の得点期待値を打たれた後で0.446(単打の得点期待値)に変えたことになる。こうして一つのプレーは終わる。
このようにして求められたスタッツは遠い将来、打撃・投球・守備を包含する大統一指標として完成するのかもしれない。ただし、これにより他のスタッツはすべて抹殺されるものとも思わない。
3.「定義ができなければ分析もない」
さて、ここまでの前置き(?)を踏まえた上で上記のような考え方を敷衍すれば捕手のリードに関しても解析の手段となり得る。
従来、捕手のリードの巧拙についてはCeraの考え方が提案されてきた。同じ投手陣、同じ守備陣の中で、複数の捕手が残した失点率の差によりリードを判断する。例としてある球団で1年間の出場機会を複数の捕手が分け合っているような場合、それぞれの捕手が受けている時の防御率を比較して、失点の少ない側の捕手のリードが優れていると評価するような考え方である。ある程度多いイニング数を投げているであれば一人の投手に対しても同様の考え方を適用することができる。
①ある程度のイニング数に出場した捕手が複数存在する球団でなければ直接的な比較は難しいこと。そしてそのような組み合わせは中々都合よく得られるわけではなく、あったとしても球団をまたぐことは難しい。A捕手の出場は年間1200イニングであり、B捕手は年間50イニングで、かつB捕手の出場は特定の投手の登板時に限るなどという組み合わせでは話にならないこと。
②防御率や失点率自体が打撃結果同様大いにノイズを含むものであること(前述)
③3アウトで相手の攻撃がリセットされることにより、攻撃手段の出現順や3アウト目がどこで挟まるかにより失点数はおおいに影響を受けること。また、イニング途中で登場する投手や捕手は良い結果を残しやすいことになる。なぜなら登場時点で1アウト以上になっている場合があり、そこから3アウト目まで自分が生かした走者を生還させなければ失点・自責点はクレジットされないこと。無死からの交代でも、前の投手が残した走者を進めようと相手が犠打を用いてくれた場合など、かなりおいしい事になる。
捕手のリードは言わばブラックボックスの中である。相手の攻撃結果がどのような形になろうとも、直接的にその影響力を立証するのは難しいことである。ただし、ブラックボックスがあれば人情としてその中身を覗きたくなるのは洋の東西を問わない。上記のような問題はあるにせよ、その実際の効能を知るために、失点や自責点ではなく被出塁率や被OPSを使用するなど、様々な努力がなされてきた。このような研究の結果、生み出されたものにBaseball Prospectus 社の論文がある。歴史上存在したすべてのバッテリーの組み合わせに当たったこの解析の結果では、メジャーのレベルの中では、特定の捕手がリードにより一貫して投手の能力に良い影響をもたらしている例はないことが判明した。
「リード面で投手を助けて打者をより多く打ち取らせる捕手の才能というものは存在しない。もしかすると結果の多くは単なる運に過ぎない。」
日本のコアな野球ファンにとってはこの結果を許しがたいと考える向きもあるかもしれない衝撃的な内容ではあるが、非常に興味深い解析である。
これに対して、「OPSなどの一般的な打撃結果や失点」以外のアプローチで解析を行う考え方はどうなのだろうか。
本サイトのコラムにおいて投手の得点阻止能力は守備関与前のイベント別Run Valueを使用している例がある。同じく守備の得点阻止能力に関しては守備関与前とプレー完成後のイベント別Run Valueの差により求めるコラムが発表されている。
ならば、捕手のリードについては守備関与前のイベント別Run Valueにより求められなければならない、というのも一つの考え方である。この方法によれば、OPSや失点などの打撃結果を基にするのと異なり、移籍した投手や捕手の成績も対象とすることができる。観測者の公正さえ確保されれば、守備や運によるノイズも余り考慮する必要がない。
BP社に対抗して、これと同様の考えに立った米国の会社がThe Hardball Times であった。(探すまでもなく大手のセイバー系であった。こちらで考えるようなことはたいがい既に実現されている。関与できる人数の日米間の差でもあるが、少々残念なことではある)上表「イベント別Run Value 守備関与なし」のMLB版を基礎とした解析結果から捕手のリードに関して別の結果が発表されている。
この解析により、「遊撃手の守備力による損得といったような大きなファクターに比べれば小さいものの、捕手により失点(というよりヴァーチャルな失点・失点ポテンシャル)の増減は確かに存在する。」という結果がもたらされた。
しかしこの解析、個人で取り組むにはその作業量は余りにも大きすぎる。企業として集団で取り組む以外に有効な方法はないのかもしれない。近年のMLBでは解析のための会社が存在するためであろうか、この手の方法が増えてきている。(例えばブラックボックスからファンの手に野球を取り戻すべく立ち上げられた会社であっても、やり過ぎは別の意味でブラックボックスに入ってしまいそうな点、今後どのような方向付けがなされるのであろうか?)
一応日本においても、私の住む札幌のファイターズがたまたま解析を有効としやすい構成であったため、結果を出してみることにした。DS社のデータの他、あくまでも1球速報を利用した個人の手作業による集計であることはご承知おきいただきたい。なお、DHなしの影響を排除したかったため、交流戦の結果は反映させていない。

想定失点はRuns Value から導き出された失点率。年間予想失点は実際にその投手が投げたイニングをすべて当該捕手が受けた場合の累計失点。合計は年間すべてのイニングを当該捕手が受けた場合に予想される失点。
4.結果
1年間の合計では鶴岡又は大野、2人のリードで10点程度失点に差が出るといった結果になった。一部で考えられているリードの効能からすると非常に小さいような気がする方が多いのではないだろうか。確かにこの程度の差であれば、ちょっとした運や数字のブレによる作用の方が大きそうであり、これだけで大野のリードの方が優れているとは言えまい。
さらにこの表にしても、完璧なものとは遠い。試合途中で交代している場合でも、正確にはイニング内のどこで捕手が交代したのか特定できない場合が数試合もあり、完全な計測とは言えない。また、ファイターズは失点阻止に特徴を持っているが、実はまともに1年間投げ続けた先発(すなわち信頼できるサンプル数を提供でき得る投手)は3人のみであり、しかも、ダルビッシュとケッペルは鶴岡が、武田勝は大野が担当していたような起用法によりバッテリーの組み合わせは大きく偏ることとなった。このことから、この3人に関する予想失点もかなり信頼性に問題を抱えることになった。この結果、実態にほど近いのはOthersとしてくくられた投手に対する両者300イニングを超えるリードと考えられる。このMr.Others に対するリードでは、1年間どちらか一人が受け続けたとして757イニングでその差は4.5失点ほど。1年間この投手達だけが1200イニング以上の全イニングを投げるとすれば、その差はさらに減少し、「鶴岡とMr.Others の1年間」「大野とMr.Others の1年間」の2つの場合で7~8点ほどの差にしかならない。
Othersとしてくくられた投手も鶴岡と大野で共通の対象として扱うには一部異なった顔ぶれ(及びイニング数)が投げている、という点を考慮してもこれでは実態として大した差にはなりそうもない状況である。
せっかく試してみた結果であるが、Baseball Prospectus を支持するものなのか、The Hardball Times を支持するものなのか、これは微妙な結果。
なお、この結果はあくまで今年のファイターズに関してのみ言えることである。現行の材料では個人で全球団について過去に遡ってまで計測するのは難しい。団体又は企業の力で結論を発表して行く以外に方法はないのかもしれないが、それでも外堀を埋めている状況から抜け出せるのか、微妙なところではある。甚大な手間をかけて得られる果実は僅かなものなのかもしれない。ただし、Runs Value 方式によりブラックボックスに風穴を開ける方向性だけは確保できたと思われるので、今後も何らかの形で関与できればと考えている。ブラックボックスを覆すことは非常に魅力的なことでもあるのだ。
5.最後に
被打撃結果についてOPSなどのプレー完成後のスタッツを使うならBaseball Prospectusの方向性。こちらはMLBレベルならば捕手のリードによっては投球結果に影響を与えることはほぼできないという結論。
被打撃結果について、守備関与前の打撃結果を採用するならHardball times の方向性。こちらはMLBレベルでもリードによる投球結果への影響はある(日本国内の常識よりは小さい影響と考えられている)とする結論。
今、国内のTV解説やメディアの文章等においては、日本の野球文化独自の現象としてリードの重要性が非常に(又は過剰に)強調されているところである。
よって、例えばメディアにおいてこの線に沿った主張を発信しようとすれば、安打を打たれたのか、失点してしまったのかといった視点ではなく、守備関与前の打撃結果を強調する方向で論を組み立てなければならないだろう。「A捕手のとき失点したから、これだけ打ち込まれたから」ではなく「全打球に占めるライナー及びフライナーの比率がB捕手のときと比べてこれだけ高いからA捕手のリードは…」といった形の根拠が必要とならざるを得ないと考える。
注1)フライナーとは、ライナーとフライの中間の打球。非常に危険な打球である。Fielding Bible(John Dewan著)の中でゴロ・フライ・ライナーの3分割以外に分類が必要な打球として記述されている。
注2)例えば本塁打の扱いをどうするのかが「真の防御率」では述べられていた。本塁打を外野フライの一部として扱うのか、それとも本塁打と外野フライに分けて扱うのか。結果、用途に応じて双方を使い分けるという結論があり、私としてもこの結論は支持しているが、この指標をピュアな形で追求しようとすれば本塁打をフライの一部として扱うやり方に魅力を感じるのは当然のことかもしれない。
そうすれば、バットにボールが当たった後のプレーはすべて数学的に均質の扱いで統一することができる。
Baseball Lab「Archives」とは?
Baseball Lab「Archives」では2010~2011年にかけてラボ内で行われた「セイバーメトリクス」のコンテンツを公開しております。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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