Runs Value増減から見た2010年NPBディフェンス
道作 [ 著者コラム一覧 ]
「投手は打者を三振に取ることができる。これは実力である。四死球を出してしまうこともある。これも実力である。本塁打を打たれてしまうこともある。これもやっぱり実力である。しかし、これ以外のすべての結果、つまりフェアグラウンドに飛んだ打球が安打になるか凡打になるかは結局のところ単なる運の結果である。」
Web上の掲示板あたりでは相当スタンダードになったボロス・マクラッケンによるこの考えは書籍「マネーボール」にその詳細が著されている。一般的には本塁打以外の打球がどんなふうに飛ぶかは投げる投手の問題であるとされているが、これは記録を仔細に検討すると事実とは異なるようである。打者がどのような強烈なライナーを放ったとしても、打球の飛ぶ先に誰かがグラブを持って立っていれば、おそらくその打球は「アウト」としてカテゴライズされる運命にある。過去において当然のこととされた分類方法、すなわちインプレー打球を記録上のアウト・セーフに分ける分類方法に問題はないのだろうか?
このへんは拙サイトで詳細を説明してみたところであり(ボロス・マクラッケン)、理想を言うなら打球ごとに与えられた運動エネルギーの総和によるスタッツをいずれは見たいところである。ただし、今はそのような統計はまだまだ得られない。
今回、データスタジアム社のご協力により、ライナー一般、ゴロ一般といった打球の形式による得点期待値が得られた。これは「野球の枠組み」の外からの視点に一歩近づいたものであり、今回はこれに基づき、打球ごとに分類した結果により各チームのディフェンスに関する能力を探ってみたい。打球分類の方面からLWTSの原型を用いた守備力の評価を行ってみる。
まず投手が奪う三振・四死球・本塁打については、守備が関与する余地は無い。よってこれらは投手(捕手の無形の関与はあるとしても)の責として得点期待値の増減にしたがって得点化された数字がクレジットされることになる。問題はそれ以外、インプレーの打球に関しての責任の分担である。
野手のプレーは野球の中の価値観により評価されるべきものであろう。野手の送球と打者の脚、どちらが早かったのかというのは外の世界では通用しない野球の世界の中での話である。
これに対して投手打者の関係はどのように強くバットとボールが衝突したのか、どのような位置関係で衝突したのかなど、衝突時の物理的な側面に強く影響されることになる。
どのような投手であれ、打たれてしまった後の打球をコントロールすることはできない。
1 ライナー
DS社のデータでは打球はゴロ・ライナー・フライの3つに大別されている。さらにこれを、最終的にボールを押えた選手の守備位置で「内野ゴロ」「外野フライ」といった形に分類されている。特にこのライナーは内野手が届く高さの地面と並行に飛び、内野手が届き得る打球をライナーと分類しているらしく、野球中継のアナウンス等とは少々異なる面があるかもしれない。
このため、内野ライナーと外野ライナーに打球の質という意味で差はなく、内野・外野の相違とは言っても、結局最後に誰がボールを押えたのかの相違に過ぎない。地面とほぼ平行に飛び、内野手の守備位置までにバウンドしない強い打球をライナーとしてくくっている。客観化に徹していると言えるかもしれない。
最初に打者が投手の投球を打つ。この時点では打球の未来は定まっていない。
この打球がもしもライナーであった場合、投手はライナーを生み出されてしまったことになる。よって、投手はここでライナーを生み出されてしまったことについての責を負う。投手の責任はここで終わる。そして生み出されたライナーは未来の定まっていない打球として内野の網をくぐれるかどうかの関門に出会う。
例えばMLBにおけるイチローのクリーンヒット。強烈なライナーが遊撃の二塁寄りを抜けていった、とでもしようか。「どう見ても」遊撃手には取れない、まあ普通は完全なベースヒットである。でも、この「どう見ても」はその時に守っていた遊撃手と打球の位置関係を何となく見て主観的な判断を下しているだけである。その遊撃手が追いつけないというだけで他の遊撃手が追いつけるかどうか、再現して確認する方法はない。遊撃手がどこを守っていたのかにも結果は大きく影響されるが、この守り位置は一様ではない。この「明らかなヒット」がたまたま正面近くで捕られ、「明らかな内野ゴロ」に化けたとしてもファンの間では何事もなかったように単なるアウトとして記憶されるだろう。同じ遊撃手が同じ打者と相対しているときすら、遊撃の守備位置が予め定まっているわけではない。生まれた瞬間に安打に分類されるべき打球のコース・強度は予め定まっているわけではない。
インプレーのライナー一般の得点期待値は、発生前と発生後の状況変化により求められる。
例えば1死一塁で次打者がライナーに分類される打球を放ち、これが単打となって1死一二塁の状況が残ったとする。このとき、このライナーは1死一塁の状況を1死一二塁に変えたことになるので、1死一塁の得点期待値0.523と、1死一二塁の得点期待値0.940の差である期待値0.417を新たに生産したことになる。もちろんアウトとなってマイナスの期待値となることもある。これらの値の1年間の総和を発生数で除した0.269がライナー一般の価値となる。
まだ安打にも凡打にもなっていない、未来の定まっていないライナーが1本生まれるたびに守備側の期待値はこれだけ毀損するわけなので、ライナーが守備側にとって危険な打球であることが判る。
責任分担は、外野と内野に相違を設けず、ライナー一般を生み出されるたびに相手の得点期待値増0.269を投手の責任とし、アウトヒット問わず1本打たれるたびに加算する。
ここからの期待値増減が内野手の責任である。内野の網にかかったもの(アウト)は幸運であれスペクタクルな大ファインプレーであれ内野の功績とする。攻撃時に幸運な安打であれ誰も取れないようなライナーであれ、安打とカテゴライズされるのと同じことである。また、どのような経過を経て出塁したとしても、残った走者の価値に差はないためでもある。発生時の得点期待値0.269とアウト-0.261の差0.53は内野の功績である。
抜けた場合(外野ライナー)は未来の定まっていない外野ライナー一般が発生したことになり、相手の得点期待値が0.501増加するがこれも発生時の0.269との差が内野の責任となる。
定義から、外野ライナーの発生は内野までの責任とするしかない。さらにこの後の期待値増減を外野の責任とすることができる。レアケースであるがNPBの1年間でこのような打球を外野がアウトにするチャンスが16回あったことになる。もちろんこの16回は外野手がゾーン外の打球をアウトのカゴに入れたものとして外野手に期待値分の功績がクレジットされる。
2 ゴロについて
ゴロもライナーと同じような扱いが考えられる。
大元のDS社のデータは内野ゴロアウト、ゴロの内野安打、ゴロの状態で内野を抜けていった外野ゴロ安打に分類されているようだ。
安打になるのかどうか、それぞれのゴロの強さにより可能性の相違があるのかもしれない。しかし、「結局最後にボールを押えたのが内野だったのか外野だったのか」の相違でしかないとすれば、投手の側から見て内野ゴロと外野ゴロは等しく扱われるべきである。このため、インプレーのゴロの責任分担は、アウトヒット問わずゴロ全般が保有する得点期待値である「相手の得点期待値-0.091」を投手の功績とし、アウトヒット問わず1本打たれるたびに加算する。
ここからの期待値増減が内野手の責任である。
アウトを奪った場合は内野ゴロアウトとゴロ一般の得点期待値の差が内野の功績。抜けた場合(外野ゴロ)は未来の定まっていない外野ゴロ一般が発生したことになり、相手の得点期待値増(ゴロ一般と外野ゴロ一般の差)が内野手の責任となる。この後の期待値増減が外野の責任である。
レアケースであるがNPBの1年間でこのような打球を外野がアウトにするチャンスが4回あった。もちろんこの4回は外野手がゾーン外の打球をアウトのカゴに入れたものとして外野手に期待値分の功績がクレジットされる。
3 フライについて
フライについてだけは内野と外野の区分けを適用した。
内野フライについてはほぼアウト確約のプレーであること。確かに2010年日本シリーズにおける千葉ロッテVS中日戦のように二塁前へのポテンヒットなんて例もないではないが、激レアケースはいったん横に置く。「内野フライで内野が抜かれて外野に届く」などはちょっとあり得ないプレーであり、打球に互換性は無い。
よって、
- アウトセーフ問わずの内野フライ全般の得点期待値
- アウトセーフ問わずの外野フライ全般の得点期待値
1~3が野手にとっての責任になり得る部分である。
さて、こうして取りまとめた結果が以下の表。捕手責任については手をつけられない部分があるが、「そこで起きたこと」は再現できたと思う。
投手・内野・外野それぞれの責任を評価した上で合算した。
リーグ内評価は同一リーグ内での相対評価としてある。こちらの方が実態をより反映したものかもしれない。
別表
チーム | 投手 | 内野手 | 外野手 |
巨人 | 34.40 | -39.01 | 4.60 |
ヤクルト | 33.32 | -11.05 | -0.98 |
横浜 | -31.83 | 6.80 | -48.63 |
中日 | 11.49 | 31.15 | 33.35 |
阪神 | -0.72 | 26.51 | -20.29 |
広島 | -46.65 | -14.40 | 31.95 |
西武 | -11.68 | -11.57 | 5.62 |
日本ハム | -4.15 | 43.79 | 13.44 |
ロッテ | -12.38 | -5.99 | -20.25 |
オリックス | -3.68 | -29.24 | 15.14 |
ソフトバンク | 39.89 | 2.07 | -19.08 |
楽天 | -7.98 | 0.94 | 5.13 |
全体として他を圧倒しているのが中日と北海道日本ハム。日本ハムの数字は+-のポジションが昨年のものと同形である。意外だと思われるのが広島の外野、横浜の内野あたりだろうか。
実失点との乖離が見られるのが広島と中日。
これらの乖離は1つ1つの被打球に与えられた運動エネルギーがおしなべて高い、低いといった事情によるものと考えられる。中日については他の球団の大多数に比べ使用球がやや飛ばないものであった可能性があること。広島については各打球種別に痛打されている打球が異常に多く混じってしまった可能性が考えられる。
実は昨年も大きな乖離を見せたチームが1つあり、恒常的に「はずれ値を取る球団」がどこか1チームくらいは出ても不思議はない状況である。
このことは、昔から我々が馴染んでいる打球の分類方法、即ちゴロ・ライナー・フライの3分法が習慣的に流通しているだけで、実態に即した分類ではない可能性を示唆している。昔の人が何となく3種類に分類し名付けたものが、さして考察されることもなくそのまま流通している。
具体的には、フライとライナーの中間に、現在ではまだ名前がついていない第4の打球分類の必要性が考えられる。
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野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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