Baseball Lab守備評価~Short Stop
森嶋俊行 [ 著者コラム一覧 ]
1.はじめに
今回,データスタジアム社が2009年,2010年のNPBについてのゾーンデータを発表した。これは本邦初公開のデータであり,日本のセイバーメトリクスにおいてデータ蓄積がMLBに追いつく上での第一歩ともなるものである。私個人としてこれまで既存データをベースに拙ホームページで守備力の分析などを行ってきたわけだが,今回初めてゾーンの生データを見ることとなり,データ量の膨大さに驚愕しつつも,ゾーンから新たにわかる各選手の実力,データの面白い見方など紹介していきたい次第である。
2.分析手法
分析方法はオーソドックスで,まず各ケースにおいて「NPBの標準的な状態」というものを考え,それぞれの状況ごとに傑出度を出すというものである。
例えば,「打球『距離3ゾーンK強さ2のゴロ』を処理する金子誠」について考える。記述的にいえば「遊撃手定位置からやや二塁よりの普通の強さのゴロ」ということになる.2010年のNPBでこのゴロは全部で907観測されている。このうち818は遊ゴロとして処理されており,20が遊撃内野安打,14が遊撃失策,51が中堅前単打となった。残りの4つは投ゴロ,一ゴロ,左翼前単打,二ゴロであるが,このあたりはここでは深く追究しないでおく。
ファイターズにおいて,この打球は101回出現した(結構多めである)。金子誠の守備イニングは657.7回。ファイターズ全守備イニングの51%を守ったので,この打球は51.6回ほど飛んできたはずだ。実際,金子誠は遊撃手として51回この打球に触れている。そのうち48回を通常ゴロ,2回内野安打,1回失策としている。
この状況,もし標準的な遊撃手であればどうであっただろうか。リーグの平均的遊撃手は,全907の打球のうち,818をゴロアウトにしている。金子誠の51.6回の機会であれば,51.6*(818/907)=46.6個のゴロアウトを取っているはず。しかし実際には金子誠は48回ゴロを処理しているので,金子誠のこの打球のゴロ処理傑出は,+1.4ということになる。
ゾーンについて考える時には「処理しなかった打球」についても考える必要がある。この例でいえば,金子誠は処理した打球数は0.4少ない。この打球,遊撃手が処理しなければほぼ安打になる打球なので,処理した数も重要である。
遊撃手の話ではないが,例えば一塁線や三塁線の強いゴロの場合,抜ければまず二塁打となるような打球が多く含まれる。この場合,例えば三塁手が触球したものの落球,結局内野安打になった,というような場合でも,失点期待値がプレー前からプレー後で下降し,三塁手はプラスの貢献をした、といえる。一方,遊撃手ならだれでも取れるような弱い内野フライは取ったところで失点期待値はあまり減少しないし,逆に落として安打になってしまえば,元々の期待値が低い分,失点期待値の増加は大きなものとなってしまう。
このような計算をすることで,最終的に失点をすべて誰かに割り振ることができる,というわけだ。
なお,今回はサンプル数を少しでも増やし,論の一般性を増すため評価対象を打球処理にしぼり,併殺や走者状況は考えなかった。
さて,例に挙げた金子誠であるが,計算の結果,傑出度は以下の通りであった。
アウト4.10 許単打0.37 許二塁打-0.39 失策1.17 野選-0.22 非処理打球-5.03
打球処理能力は並よりやや上といったところか。得点化すると守備得点値2.74点となった。
もっと特徴的な値を出したのが巨人の坂本勇人である。
アウト20.87 許単打8.67 許二塁打0.40 失策5.59 野選-0.45 非処理打球-35.08
アウトを21多く取っている一方,内野安打,失策出塁を合計で14多く許している。いずれにしろ,非処理打球が-35ということで,「坂本でなければ外野に抜けていた打球」が4試合に1回は存在したということである。「打球に追いつく能力は平均以上,ただしこれを正しく処理する能力に課題あり」ということが現れている.総合的には,坂本の守備はチームの失点を5.82点低くしている。
3.結果
1)ゴロ処理能力
今回,打球をゾーン別,角度別,強さ別に表わしているため,「この選手はどんな打球に強いか,弱いか」といったことが分析可能となった。例えば,坂本勇人のゾーン別ゴロ得失点は,以下のようにあらわすことができる。

左側が三塁側,右側が二塁側を表す。ぱっと見て,三遊間の打球に強い一方で,二遊間の打球に弱かったことがわかる。
実は,2010年度NPBに関して言えば,あらゆる打球の種類にまんべんなく強い,あるいは弱い選手はあまりおらず,それぞれ長所短所がはっきりしているようである。
まずは第一のタイプ.坂本同様,三遊間に強く,二遊間に弱いタイプである。

坂本勇人,金子誠,鳥谷敬,荒木雅博が該当する。
第二に,逆に二遊間の打球に強いものの,三遊間の打球に弱いタイプ。

西岡剛,川崎宗則,大引啓次,渡辺直人,梵英心が該当する。
最後に,第一のグループと同じで,二遊間より三遊間の方が得意なのは間違いないのだが,絶対的な数値の高さから第一のグループと分けたグループである。

石川雄洋と中島裕之の二名で,三遊間から定位置にかけてはなんとかNPB平均レベルの処理力をもつものの,二遊間の打球に関しては極めて弱いのが特徴的である。
2)ライナー・フライ処理能力
ライナー,フライに関しても同じようなことができるが,絶対的に数が少ないうえに,ゾーンごとの特徴がゴロほどはっきりしないので,全体評価結果のみの公表とする。ただし,以下のような図は書けるので,そのうち機会があれば分析してみたい。

2010年度の荒木雅博のフライ処理は,特に定位置近辺では鉄壁であったらしく,平均的遊撃手が年に1,2回か行ってしまうようなポロリをやらかさなかったであろうことがわかる。定位置以外でも,押し並べて高い。

こちらは梵英心の図であるが,逆に定位置でのフライ落球がやや多かったようである。また,ゴロとは逆に,三遊間で数値が高く,二遊間で低いことも気になる。フライの場合,隣の守備位置との関係が関わりそうであるが,どうなのだろうか。
ただ,いずれにしろ見てわかるように年に1回数が変わるだけで全然異なる図になってしまうレベルの図なので,このあたりは要検討であるし,そもそもゴロより分析の優先順位が低いので,またの機会としたい。
4.総合評価
最終的に,守備範囲による遊撃手得失点ランキング結果は以下のとおりとなった。
選手 得点
1 西岡 剛 11.54
2 大引 啓次 8.12
3 梵 英心 6.81
4 坂本 勇人 5.82
5 渡辺 直人 5.24
6 川崎 宗則 3.71
7 金子 誠 2.74
8 鳥谷 敬 2.47
9 荒木 雅博 1.98
10 藤本 敦士 -0.33
11 山崎 浩司 -2.46
12 石川 雄洋 -17.92
13 中島 裕之 -19.93
私はこれまで既存のRFなどのデータから,ここ2-3年のNPBにおいては小坂誠や井端弘和,宮本慎也といった「圧倒的名手」がいないような印象を受けているのであるが,それが裏付けられる結果になったと言えるかもしれない。そこそこの名手が各チームにいる中で,一部のチームが平均値を引き下げ,それ以外の選手の評価を少しずつ引き上げているような印象である。
この結果から単純に考えれば,ベイスターズは渡辺直人の獲得により,20点以上の失点減少が実現するということである。もちろん,石川の成長も渡辺の衰えも考えなければ,という話なので,額面通りにうまくいくとは限らない。
もう少し細かいデータも紹介してみる。まずは,得失点を打球種類別に分けたもの。

ここから「遊撃手の守備力評価は,大体はゴロ処理能力で決まる」という,なんとなく常識的に考えられてきたことが,改めて確認できるのではなかろうか。ただし,荒木雅博や大引啓次,梵英心におけるフライ,坂本勇人におけるライナー処理能力など,馬鹿に出来ない,ゴロ処理以外の能力を持つこともある。
次に,打球の強さ別得失点を示す。

正直言って,まだ「結果を並べてみました」程度の話であり,ここからまだ何らかの傾向を読み取る,というところに至っていない。ただ,渡辺直人など,強い打球に特性を持つような選手もいるので,もっと調べてみたら色々なことが言えるのかもしれない。
今回は,各選手の守備力を得失点に換算することにテーマを絞ったが,「守備体系や走者状況で打球分布はどう変わるのか」「試合中の野手間の送球はどうなっているのか」など,ゾーンデータからわかることはまだまだてんこ盛りである。執筆者の皆様,読者の皆様とこれらを基に議論をしていきたいと思うので,これからもよろしくお願いしたく思う。
今回,データスタジアム社が2009年,2010年のNPBについてのゾーンデータを発表した。これは本邦初公開のデータであり,日本のセイバーメトリクスにおいてデータ蓄積がMLBに追いつく上での第一歩ともなるものである。私個人としてこれまで既存データをベースに拙ホームページで守備力の分析などを行ってきたわけだが,今回初めてゾーンの生データを見ることとなり,データ量の膨大さに驚愕しつつも,ゾーンから新たにわかる各選手の実力,データの面白い見方など紹介していきたい次第である。
2.分析手法
分析方法はオーソドックスで,まず各ケースにおいて「NPBの標準的な状態」というものを考え,それぞれの状況ごとに傑出度を出すというものである。
例えば,「打球『距離3ゾーンK強さ2のゴロ』を処理する金子誠」について考える。記述的にいえば「遊撃手定位置からやや二塁よりの普通の強さのゴロ」ということになる.2010年のNPBでこのゴロは全部で907観測されている。このうち818は遊ゴロとして処理されており,20が遊撃内野安打,14が遊撃失策,51が中堅前単打となった。残りの4つは投ゴロ,一ゴロ,左翼前単打,二ゴロであるが,このあたりはここでは深く追究しないでおく。
ファイターズにおいて,この打球は101回出現した(結構多めである)。金子誠の守備イニングは657.7回。ファイターズ全守備イニングの51%を守ったので,この打球は51.6回ほど飛んできたはずだ。実際,金子誠は遊撃手として51回この打球に触れている。そのうち48回を通常ゴロ,2回内野安打,1回失策としている。
この状況,もし標準的な遊撃手であればどうであっただろうか。リーグの平均的遊撃手は,全907の打球のうち,818をゴロアウトにしている。金子誠の51.6回の機会であれば,51.6*(818/907)=46.6個のゴロアウトを取っているはず。しかし実際には金子誠は48回ゴロを処理しているので,金子誠のこの打球のゴロ処理傑出は,+1.4ということになる。
ゾーンについて考える時には「処理しなかった打球」についても考える必要がある。この例でいえば,金子誠は処理した打球数は0.4少ない。この打球,遊撃手が処理しなければほぼ安打になる打球なので,処理した数も重要である。
遊撃手の話ではないが,例えば一塁線や三塁線の強いゴロの場合,抜ければまず二塁打となるような打球が多く含まれる。この場合,例えば三塁手が触球したものの落球,結局内野安打になった,というような場合でも,失点期待値がプレー前からプレー後で下降し,三塁手はプラスの貢献をした、といえる。一方,遊撃手ならだれでも取れるような弱い内野フライは取ったところで失点期待値はあまり減少しないし,逆に落として安打になってしまえば,元々の期待値が低い分,失点期待値の増加は大きなものとなってしまう。
このような計算をすることで,最終的に失点をすべて誰かに割り振ることができる,というわけだ。
なお,今回はサンプル数を少しでも増やし,論の一般性を増すため評価対象を打球処理にしぼり,併殺や走者状況は考えなかった。
さて,例に挙げた金子誠であるが,計算の結果,傑出度は以下の通りであった。
アウト4.10 許単打0.37 許二塁打-0.39 失策1.17 野選-0.22 非処理打球-5.03
打球処理能力は並よりやや上といったところか。得点化すると守備得点値2.74点となった。
もっと特徴的な値を出したのが巨人の坂本勇人である。
アウト20.87 許単打8.67 許二塁打0.40 失策5.59 野選-0.45 非処理打球-35.08
アウトを21多く取っている一方,内野安打,失策出塁を合計で14多く許している。いずれにしろ,非処理打球が-35ということで,「坂本でなければ外野に抜けていた打球」が4試合に1回は存在したということである。「打球に追いつく能力は平均以上,ただしこれを正しく処理する能力に課題あり」ということが現れている.総合的には,坂本の守備はチームの失点を5.82点低くしている。
3.結果
1)ゴロ処理能力
今回,打球をゾーン別,角度別,強さ別に表わしているため,「この選手はどんな打球に強いか,弱いか」といったことが分析可能となった。例えば,坂本勇人のゾーン別ゴロ得失点は,以下のようにあらわすことができる。

左側が三塁側,右側が二塁側を表す。ぱっと見て,三遊間の打球に強い一方で,二遊間の打球に弱かったことがわかる。
実は,2010年度NPBに関して言えば,あらゆる打球の種類にまんべんなく強い,あるいは弱い選手はあまりおらず,それぞれ長所短所がはっきりしているようである。
まずは第一のタイプ.坂本同様,三遊間に強く,二遊間に弱いタイプである。

坂本勇人,金子誠,鳥谷敬,荒木雅博が該当する。
第二に,逆に二遊間の打球に強いものの,三遊間の打球に弱いタイプ。

西岡剛,川崎宗則,大引啓次,渡辺直人,梵英心が該当する。
最後に,第一のグループと同じで,二遊間より三遊間の方が得意なのは間違いないのだが,絶対的な数値の高さから第一のグループと分けたグループである。

石川雄洋と中島裕之の二名で,三遊間から定位置にかけてはなんとかNPB平均レベルの処理力をもつものの,二遊間の打球に関しては極めて弱いのが特徴的である。
2)ライナー・フライ処理能力
ライナー,フライに関しても同じようなことができるが,絶対的に数が少ないうえに,ゾーンごとの特徴がゴロほどはっきりしないので,全体評価結果のみの公表とする。ただし,以下のような図は書けるので,そのうち機会があれば分析してみたい。

2010年度の荒木雅博のフライ処理は,特に定位置近辺では鉄壁であったらしく,平均的遊撃手が年に1,2回か行ってしまうようなポロリをやらかさなかったであろうことがわかる。定位置以外でも,押し並べて高い。

こちらは梵英心の図であるが,逆に定位置でのフライ落球がやや多かったようである。また,ゴロとは逆に,三遊間で数値が高く,二遊間で低いことも気になる。フライの場合,隣の守備位置との関係が関わりそうであるが,どうなのだろうか。
ただ,いずれにしろ見てわかるように年に1回数が変わるだけで全然異なる図になってしまうレベルの図なので,このあたりは要検討であるし,そもそもゴロより分析の優先順位が低いので,またの機会としたい。
4.総合評価
最終的に,守備範囲による遊撃手得失点ランキング結果は以下のとおりとなった。
選手 得点
1 西岡 剛 11.54
2 大引 啓次 8.12
3 梵 英心 6.81
4 坂本 勇人 5.82
5 渡辺 直人 5.24
6 川崎 宗則 3.71
7 金子 誠 2.74
8 鳥谷 敬 2.47
9 荒木 雅博 1.98
10 藤本 敦士 -0.33
11 山崎 浩司 -2.46
12 石川 雄洋 -17.92
13 中島 裕之 -19.93
私はこれまで既存のRFなどのデータから,ここ2-3年のNPBにおいては小坂誠や井端弘和,宮本慎也といった「圧倒的名手」がいないような印象を受けているのであるが,それが裏付けられる結果になったと言えるかもしれない。そこそこの名手が各チームにいる中で,一部のチームが平均値を引き下げ,それ以外の選手の評価を少しずつ引き上げているような印象である。
この結果から単純に考えれば,ベイスターズは渡辺直人の獲得により,20点以上の失点減少が実現するということである。もちろん,石川の成長も渡辺の衰えも考えなければ,という話なので,額面通りにうまくいくとは限らない。
もう少し細かいデータも紹介してみる。まずは,得失点を打球種類別に分けたもの。

ここから「遊撃手の守備力評価は,大体はゴロ処理能力で決まる」という,なんとなく常識的に考えられてきたことが,改めて確認できるのではなかろうか。ただし,荒木雅博や大引啓次,梵英心におけるフライ,坂本勇人におけるライナー処理能力など,馬鹿に出来ない,ゴロ処理以外の能力を持つこともある。
次に,打球の強さ別得失点を示す。

正直言って,まだ「結果を並べてみました」程度の話であり,ここからまだ何らかの傾向を読み取る,というところに至っていない。ただ,渡辺直人など,強い打球に特性を持つような選手もいるので,もっと調べてみたら色々なことが言えるのかもしれない。
今回は,各選手の守備力を得失点に換算することにテーマを絞ったが,「守備体系や走者状況で打球分布はどう変わるのか」「試合中の野手間の送球はどうなっているのか」など,ゾーンデータからわかることはまだまだてんこ盛りである。執筆者の皆様,読者の皆様とこれらを基に議論をしていきたいと思うので,これからもよろしくお願いしたく思う。

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