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Baseball Lab守備評価~Short Stop

森嶋俊行 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/01/17(月) 10:01rss

1.はじめに

  今回,データスタジアム社が2009年,2010年のNPBについてのゾーンデータを発表した。これは本邦初公開のデータであり,日本のセイバーメトリクスにおいてデータ蓄積がMLBに追いつく上での第一歩ともなるものである。私個人としてこれまで既存データをベースに拙ホームページで守備力の分析などを行ってきたわけだが,今回初めてゾーンの生データを見ることとなり,データ量の膨大さに驚愕しつつも,ゾーンから新たにわかる各選手の実力,データの面白い見方など紹介していきたい次第である。

 
2.分析手法

  分析方法はオーソドックスで,まず各ケースにおいて「NPBの標準的な状態」というものを考え,それぞれの状況ごとに傑出度を出すというものである。
 例えば,「打球『距離3ゾーンK強さ2のゴロ』を処理する金子誠」について考える。記述的にいえば「遊撃手定位置からやや二塁よりの普通の強さのゴロ」ということになる.2010年のNPBでこのゴロは全部で907観測されている。このうち818は遊ゴロとして処理されており,20が遊撃内野安打,14が遊撃失策,51が中堅前単打となった。残りの4つは投ゴロ,一ゴロ,左翼前単打,二ゴロであるが,このあたりはここでは深く追究しないでおく。
 ファイターズにおいて,この打球は101回出現した(結構多めである)。金子誠の守備イニングは657.7回。ファイターズ全守備イニングの51%を守ったので,この打球は51.6回ほど飛んできたはずだ。実際,金子誠は遊撃手として51回この打球に触れている。そのうち48回を通常ゴロ,2回内野安打,1回失策としている。
 この状況,もし標準的な遊撃手であればどうであっただろうか。リーグの平均的遊撃手は,全907の打球のうち,818をゴロアウトにしている。金子誠の51.6回の機会であれば,51.6*(818/907)=46.6個のゴロアウトを取っているはず。しかし実際には金子誠は48回ゴロを処理しているので,金子誠のこの打球のゴロ処理傑出は,+1.4ということになる。
 ゾーンについて考える時には「処理しなかった打球」についても考える必要がある。この例でいえば,金子誠は処理した打球数は0.4少ない。この打球,遊撃手が処理しなければほぼ安打になる打球なので,処理した数も重要である。
 遊撃手の話ではないが,例えば一塁線や三塁線の強いゴロの場合,抜ければまず二塁打となるような打球が多く含まれる。この場合,例えば三塁手が触球したものの落球,結局内野安打になった,というような場合でも,失点期待値がプレー前からプレー後で下降し,三塁手はプラスの貢献をした、といえる。一方,遊撃手ならだれでも取れるような弱い内野フライは取ったところで失点期待値はあまり減少しないし,逆に落として安打になってしまえば,元々の期待値が低い分,失点期待値の増加は大きなものとなってしまう。

このような計算をすることで,最終的に失点をすべて誰かに割り振ることができる,というわけだ。
なお,今回はサンプル数を少しでも増やし,論の一般性を増すため評価対象を打球処理にしぼり,併殺や走者状況は考えなかった。
さて,例に挙げた金子誠であるが,計算の結果,傑出度は以下の通りであった。
 
アウト4.10 許単打0.37 許二塁打-0.39 失策1.17 野選-0.22 非処理打球-5.03
 
 打球処理能力は並よりやや上といったところか。得点化すると守備得点値2.74点となった。
 もっと特徴的な値を出したのが巨人の坂本勇人である。
 
アウト20.87 許単打8.67 許二塁打0.40 失策5.59 野選-0.45 非処理打球-35.08
 
アウトを21多く取っている一方,内野安打,失策出塁を合計で14多く許している。いずれにしろ,非処理打球が-35ということで,「坂本でなければ外野に抜けていた打球」が4試合に1回は存在したということである。「打球に追いつく能力は平均以上,ただしこれを正しく処理する能力に課題あり」ということが現れている.総合的には,坂本の守備はチームの失点を5.82点低くしている。
 

3.結果

1)ゴロ処理能力

 今回,打球をゾーン別,角度別,強さ別に表わしているため,「この選手はどんな打球に強いか,弱いか」といったことが分析可能となった。例えば,坂本勇人のゾーン別ゴロ得失点は,以下のようにあらわすことができる。



 左側が三塁側,右側が二塁側を表す。ぱっと見て,三遊間の打球に強い一方で,二遊間の打球に弱かったことがわかる。
実は,2010年度NPBに関して言えば,あらゆる打球の種類にまんべんなく強い,あるいは弱い選手はあまりおらず,それぞれ長所短所がはっきりしているようである。
まずは第一のタイプ.坂本同様,三遊間に強く,二遊間に弱いタイプである。



坂本勇人,金子誠,鳥谷敬,荒木雅博が該当する。
第二に,逆に二遊間の打球に強いものの,三遊間の打球に弱いタイプ。



西岡剛,川崎宗則,大引啓次,渡辺直人,梵英心が該当する。
最後に,第一のグループと同じで,二遊間より三遊間の方が得意なのは間違いないのだが,絶対的な数値の高さから第一のグループと分けたグループである。



石川雄洋と中島裕之の二名で,三遊間から定位置にかけてはなんとかNPB平均レベルの処理力をもつものの,二遊間の打球に関しては極めて弱いのが特徴的である。
 

2)ライナー・フライ処理能力

 ライナー,フライに関しても同じようなことができるが,絶対的に数が少ないうえに,ゾーンごとの特徴がゴロほどはっきりしないので,全体評価結果のみの公表とする。ただし,以下のような図は書けるので,そのうち機会があれば分析してみたい。



2010年度の荒木雅博のフライ処理は,特に定位置近辺では鉄壁であったらしく,平均的遊撃手が年に1,2回か行ってしまうようなポロリをやらかさなかったであろうことがわかる。定位置以外でも,押し並べて高い。



 こちらは梵英心の図であるが,逆に定位置でのフライ落球がやや多かったようである。また,ゴロとは逆に,三遊間で数値が高く,二遊間で低いことも気になる。フライの場合,隣の守備位置との関係が関わりそうであるが,どうなのだろうか。
 ただ,いずれにしろ見てわかるように年に1回数が変わるだけで全然異なる図になってしまうレベルの図なので,このあたりは要検討であるし,そもそもゴロより分析の優先順位が低いので,またの機会としたい。
 

4.総合評価

最終的に,守備範囲による遊撃手得失点ランキング結果は以下のとおりとなった。
 
              選手            得点
1            西岡 剛            11.54
2            大引 啓次           8.12
3            梵 英心              6.81
4            坂本 勇人           5.82
5            渡辺 直人           5.24
6            川崎 宗則           3.71
7            金子 誠              2.74
8            鳥谷 敬              2.47
9            荒木 雅博           1.98
10          藤本 敦士           -0.33
11          山崎 浩司           -2.46
12          石川 雄洋           -17.92
13          中島 裕之           -19.93
 
 私はこれまで既存のRFなどのデータから,ここ2-3年のNPBにおいては小坂誠や井端弘和,宮本慎也といった「圧倒的名手」がいないような印象を受けているのであるが,それが裏付けられる結果になったと言えるかもしれない。そこそこの名手が各チームにいる中で,一部のチームが平均値を引き下げ,それ以外の選手の評価を少しずつ引き上げているような印象である。
 この結果から単純に考えれば,ベイスターズは渡辺直人の獲得により,20点以上の失点減少が実現するということである。もちろん,石川の成長も渡辺の衰えも考えなければ,という話なので,額面通りにうまくいくとは限らない。

 もう少し細かいデータも紹介してみる。まずは,得失点を打球種類別に分けたもの。



ここから「遊撃手の守備力評価は,大体はゴロ処理能力で決まる」という,なんとなく常識的に考えられてきたことが,改めて確認できるのではなかろうか。ただし,荒木雅博や大引啓次,梵英心におけるフライ,坂本勇人におけるライナー処理能力など,馬鹿に出来ない,ゴロ処理以外の能力を持つこともある。
 次に,打球の強さ別得失点を示す。



正直言って,まだ「結果を並べてみました」程度の話であり,ここからまだ何らかの傾向を読み取る,というところに至っていない。ただ,渡辺直人など,強い打球に特性を持つような選手もいるので,もっと調べてみたら色々なことが言えるのかもしれない。
 
今回は,各選手の守備力を得失点に換算することにテーマを絞ったが,「守備体系や走者状況で打球分布はどう変わるのか」「試合中の野手間の送球はどうなっているのか」など,ゾーンデータからわかることはまだまだてんこ盛りである。執筆者の皆様,読者の皆様とこれらを基に議論をしていきたいと思うので,これからもよろしくお願いしたく思う。
 

コメント

みんなの評価:5

これはすごいですね。
守備評価がいつでるか期待してましたが、まさか日本版Fieldinng Bibleまでついてくるとは嬉しい限りです。
今後も楽しみにしています!

評価: Posted by campus at 2011/01/17 16:12:15 PASS:

これはすごいですね。
実は私、ちょっと勘違いしてZRの集計に取り掛かるのが思い切り遅れたんですが、それがなくても集計は1年仕事だと思っておりました。
例えばニ遊間をゴロが抜けていったときに守っていたのが金子なのかそうではないのか
といったような点は短い期間ではとても個人で集計しきれないと思い
全員の集計の方は諦めていたんです。

もしかすると私、上手い集計の方法に気が付いていないんでしょうかね?

Posted by 道作 at 2011/01/17 22:13:37 PASS:

>campus様
 コメントありがとうございます.ようやくここまで来た感はございます.まだまだデータを消化しきれているとは言えず,しかもご覧の通り評者によって結構評価に差があります.これからどうなるかですね.

>道作様
>ニ遊間をゴロが抜けていったときに守っていたのが金子なのかそうではないのか
 今回のデータからは正確には判明しなかったので,とりあえず守備イニング数から推計した次第です.正直ひたすらExcel上でコピペを繰り返しつつ「この作業量個人が趣味でやる範疇を超えているのでは?」との疑念が頭をよぎってくるレベルの作業ではありました.
 コピペを繰り返さずに済むうまい集計法を考えているのですが,それこそ皆様のご意見を伺いたいと思っておりますので,今後に期待しております.

Posted by morithy at 2011/01/18 00:00:52 PASS:

>道作さま

基データでまだ守った選手が分からないので、森嶋さまの方法で処理して頂くのが最も効率的だったですね。しっかりお話すれば良かったです。本当に申し訳ないです。

>森嶋さま

こちらからある程度サマッたものをお渡しした方が良かったですね。
みなさまから要望が無かったので大丈夫なのかと勝手に思い込んでおりました。本当に申し訳ありません。

Posted by 岡田友輔 at 2011/01/18 00:17:42 PASS:

プレイごとにいちいち、そのときP~RFそれぞれ誰が守っていたのかが記録されていれば無骨ですが一番わかりやすいかもしれませんね。
私も一応UZRは出したんですがキレイに出せるのはチームのポジション別という形まででした。

それはそうとmorithyさん、大変興味深い分析記事をありがとうございます。さすがですね。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/01/18 00:39:39 PASS:

それを伺って安心しました。
私ももしかすると個人が確定させるには手に余る作業量ではないかと思っておりました。
せっかくプレイ№がはいっていることですし、
コピペしないで済むような演算なんかを作れればとか思うんですが。

>それこそ皆様のご意見を…

全くもって同感です。本気でそう思います。

あと、確かに推計で出してみる手もありましたねえ。

>岡田様
今回はZRだけではなくほかのアプローチも含めて様々な形を出す狙いと考えておりましたので
これで良かったのではないでしょうか?

Posted by 道作 at 2011/01/18 01:00:37 PASS:

>道作さま

そう言って頂けますと助かります。
ゾーンデータにつきましては今後も検証を続けて安心して使えるような形に成長してもらえれば良いかと思っております。

Posted by 岡田友輔 at 2011/01/18 14:50:02 PASS:

平均値からの乖離で評価されているようだが、不可解な点が多い。
チームの三振数、四死球数は補正されていると思うが、非処理打球に関わってくるチーム被安打の補正はされているのか。
また、これらの補正があっても打球分布が大きな影響を与えると思う。おそらく、非処理打球で投手力補正を考えておられるのだろうが、アウトと非処理打球の数値に比重の差がないとおかしいと思う。
アウト、許単打、許二塁打、失策、野選、非処理打球の数値から守備得点を算出するにあたり、この点の補正は考えられたのか。
本文を見る限り、打球が沢山飛んできた野手が有利に思えて仕方ないのだが。
それとグランドの因子(土、人工芝、ドーム、屋根無し、屋根有り)は、考えておられるのか。

Posted by やっさん at 2011/01/18 16:02:09 PASS:

>岡田様
 今回に関して言えば,仕事を仰せつかった時点で作業量がまったく想像できなかったので,致し方なかったとは思います.原データの取り扱いからして現状では個人差がありそうですし,原データの方が話の広がりが大きいのも間違いないですから,今回は作業量が膨大とはいえ,原データからの分析で幸に思っております

>蛭川様
>プレイごとにいちいち、そのときP~RFそれぞれ誰が守っていたのかが記録されていれば
 確かにそうなのですが,今回でさえPCを何度もフリーズされたので,それをやられると多分PCが火を噴きます.それこそプログラミングなどが必要になり私の出番も無くなってしまいそうなので,現状は現状でできる範囲のことができるということで.

>やっさん様
 諸補正についてですが,説明を端折ってしまったところなので,ここで改めて説明いたしたいと思います.例示した「距離3ゾーンK強さ2のゴロ」で説明します.この打球,本文にあるようにファイターズでこの打球が結構多めなので,ファイターズの遊撃手はそれだけ処理ノルマが増えます.打球分布の補正はこのように行えます.

 この打球,大体は内野ゴロになるので,発生した時点で失点期待値は-0.21と低いです.これを遊撃手が正しく処理して内野ゴロにした場合,失点期待値は-0.28まで下がるので,プラスプレー1につき0.07の守備貢献得点があるということになります.一方で,これを遊撃手がスルーしてしまった場合,ほとんど単打になってしまうので失点期待値は一気に0.42まで上がります.遊撃手の守備貢献得点はこの場合,差し引き-0.63まで下がります.

 こんな計算を約900種類の打球すべてについて行い,合計すると,発表の数値が求まるわけです.打球分布の補正とプレーごとの加重はこんな感じで,これについて語るだけでも1本書けそうなものなので,そのうち自分が書くか,誰かに書いてほしいものです.

>グランドの因子

 今回は一切考慮していません.他記事の岡田様,蛭川様のコメントにもありますが,自分がこれまで過去のデータ入力を行ってきた感覚からも,今のところそこまで重要な要素であるという感じではないこと,また球場別データの集計できていない現状から,省略いたしました.将来的には考えていきたいと思いますので,今後ともよろしくお願いいたします.

Posted by morithy at 2011/01/18 19:31:33 PASS:



評価: Posted by at 2011/01/20 05:50:45 PASS:
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