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得点と勝利の関連付け

蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/04/06(水) 10:00rss

1.最上位の目的へ向けて
 
 これまでにも何度も触れてきているが、セイバーメトリクスでは選手がチームにもたらした貢献を得点数として評価する指標が多くある。たとえばBR(Batting Runs)であれば打者が平均水準に比べて増やしたとみなせる得点を表すし、UZR(Ultimate Zone Rating)は守備で平均に比べて稼いだ得点(防いだ失点)を評価する。
 
 しかし野球の目的は勝利であり、シーズンで見れば優勝、日本一である。つまり結局はどれだけ得点が入るかではなくどれだけ勝てるかが問題となる。シーズンにおける得点が増えるということは何を意味するのだろうか。BRが+50となれば極めて優秀だが、これは平均的なチームを優勝に導けるほどなのか? そうではないのか? どのくらいの得失点差がどのくらいの勝率に対応しているのか? このような観点はチームの編成を戦略的に分析する上で極めて重要である。セイバーメトリクスは、もちろん、これを解き明かす道具を持っている。

 
2.回帰アプローチ
 
 基本的にチームは、総得点が多く総失点が少なくなるような戦力を保有していれば高い勝率を残すことができる。このことは深く考えるまでもないだろう。では、得点・失点と勝率との関係は具体的にはどういうものになるのか。まずは統計的にシンプルに考えてみる。
 
 1950年から2010までのチーム別のデータを使用して、一試合平均の得失点差(得点から失点を引いたもの)と勝率との関係を散布図にすると図のようになる。


 
 見ての通りはっきりとした関連性があり、得点が失点より多いチームは勝率が高く、失点が得点より多いチームは勝率が低い。得失点差と勝率の相関性を表す決定係数(R2)という数値は.88。これは勝率の変動の88%が得失点差の変動で説明できることを意味する。このような方向性の傾向が出ること自体は当然だが、それが非常に直接的で強い傾向だということがわかる。
 
 また得失点差の変化に対する勝率の上下の傾向を捉えるように線を引くと「勝率=0.105×試合あたり得失点差+0.5」という近似式が得られる。これは回帰分析という統計手法で、要するに「過去のデータの傾向から言えばこのくらいの得失点差ではこのくらいの勝率になる」ということを弾き出してくれる。
 
 MLBの解析ではよく「10点で1勝」ということが言われる。原則として、得点での利得10点につき勝利がひとつ増えるという意味である。NPBでも、特に最近30年くらいの期間では、その法則はだいたい通用する。近似式で得失点差にかかる係数が約0.1ということは勝利をひとつ増やすには10の得点が必要ということになる。600得点600失点を610得点600失点にすると72勝72敗が73勝71敗になるというふうな関係である。「10点で1勝」は頭の中でもすぐに計算できるし覚えておくと便利な法則で、BRなど得点の指標で+20をもたらした選手は勝利数換算で言えば+2だと瞬時に判断できる。

 
3.ジェイムズ・アプローチ
 
 またセイバーメトリクス祖ビル・ジェイムズは、勝利と敗北の比はほぼ得点と失点の比の二乗に等しいとするモデルを提唱している。その法則からすると、得点・失点から勝率を予測する式は以下のようになる。
 
 勝率=得点^2/(得点^2+失点^2)
 
 これは「野球版ピタゴラスの定理」とか「ピタゴラス勝率」とか呼ばれて非常によく利用される。得点と失点の差ではなく比を用いることによって同じ得失点差でも相対的なバランスによって勝率が変化する点が興味深い。たとえば平均得点6・平均失点4のチームと平均得点3・平均失点1のチームではどちらも得失点差は2だが後者のほうが「得失点合計のうちの得点の占有率」は高い。ピタゴラス勝率はそのことを高く評価する。
 
 散布図を書くと得失点差の場合とほとんど見た目の違いはないが、決定係数では.89と若干高くなる(結局はどちらも失点に対して得点が多いほどに勝率を高く評価する式であり、はっきりとした違いと言えるほどの差ではないが)。ピタゴラス勝率は実際の勝率をうまく説明できるモデルのようである。実際、MLB方面では改良は必要だという意見はあるもののジェイムズの提唱からだいぶ月日が経った現在でも最も有効なモデルのひとつとして広く利用されている。改良というのは具体的には指数を2ではなく1.83にするといった指数の調整である。ちなみにNPBでは指数は1.72にすると実際の勝率とピタゴラス勝率との誤差が最小になる(1950~2010年を対象にした場合)。
 
 指数を1.72として計算してみると、得点610失点600では勝率.507となり、得点と失点が等しい場合の.500に比べると144試合あたりでは1勝の増加となる。やはりここでも「10点で1勝」の法則は確認できる。

 
4.得点化指標と組み合わせる
 
 上記のような得失点を勝率に関係付けるモデルと選手の得点評価法を組み合わせるとチームの戦力分析に関する見通しがよくなる。
 
 まず、優勝するにはどのくらいの得失点差が必要なのだろうか。「優勝」の定義がシーズンによって変化するなど何が適切な数字かは少し難しいが、一般的にはシーズンで最高の勝率をおさめるチームの得失点差は100点と少しくらいになるようである。とりあえずは、これが目標の数字と考えられるだろう。チーム全体としてこれを達成するにはさまざまな道があり得る。
 
 2010年のBRで最高の評価だった和田一浩のスコアを見てみると+58である。チームが和田を保有すれば得失点差は58増えるとみなせる。得失点差ゼロを標準として考えるとリーグで最高の打者を抱えていてもそれだけで優勝を狙うのは難しいことがわかる。また投手が平均に比べてどれだけ失点を防いだかを表すRSAA(Runs Saved Above Average)という指標があるが、2010年RSAAでパ・リーグ最高だったダルビッシュの数字は+49。守備のことは度外視してこれが全てダルビッシュの力だとしても、平均的なチームにダルビッシュを加えるだけではやはり優勝は見込めない。しかし、リーグ最高の打者とリーグ最高の投手の両方を揃えることができればそれ以外が平均的でもかなり優勝には近づけるようである。
 
 突出して優秀な選手がいない場合、各選手で分散して利得を積み上げていく必要がある。得失点差100の目標を投手と野手で半分ずつ分担するとしたら、野手全体で50点、8人のレギュラーがいればそれぞれにだいたい6点を求めるといったように基準を見積もっていくのもひとつの考え方である。
 
 今のところ戦力的に厳しくいきなり優勝を目指すのが難しいチームにとっては、得失点差ゼロの水準がひとつの目安になる。リーグ全体とすると得点と失点、勝利と敗北は必ず一対一対応で表れることから得失点差ゼロ・勝率5割は平均ラインであり、そのくらいの実力があれば順位では3位か4位、つまりうまくいけばAクラスが期待できる水準となる。
 
 収支の悪い現状を抱えているチームにとっては、プラスを積み重ねるというよりマイナスを潰す発想が有効である。成績の振るわないチームはだいたいひとつの守備位置で20や30を超えるマイナスを出す部分を抱えているもの。良くない例として引き合いに出すようで申し訳ないが、岡田氏の戦力分析「ポジションの現状と編成の対応~横浜ベイスターズ」を見ると、2010年の横浜の捕手は平均に比べて50を超えるマイナスを計上している。これは逆に見れば、特に優れた選手を補強しなくても、平均的な捕手を獲得することができればそれだけでチームの収支が50(つまり勝利数で5)改善することを意味する。簡単ではないとはいえ「平均に比べて50点傑出した捕手を獲得する」ことに比べればまだ易しい注文だろう。
 
 また投手に関しても一人や二人いわゆる「ブレイク」する選手が出てくるとかなり違う。前述のRSAAで言うと、2010年の横浜には二桁のマイナスを計上している投手が複数名いる。一方、広島の前田健太など優れた投手の数字は+50を超えることもある。優れた投手が多くのイニングを投げてくれれば能力の劣る投手を登板させる必要がなくなるためマイナスがプラスに置き換わり、改善幅では50や60になるのもあり得ない話ではない。
 
 これらはあくまでも仮想的な考えだが、成績の悪いチームで派手な補強策が打てなかったとしてもツボをおさえた改善が実現すれば勝利数が一気に10くらい増えることもあり得るということである。

 
5.おわりに
 
 戦力の考え方については雑多に書き連ねてしまったが、得点と勝利を関連付ける観点と選手を得点で評価する指標とを組み合わせていくと選手の働きとチームの成績との関係が明確となり、それは戦力を分析する場合などに有効であるということが多少なり伝わればと思う。ある選手の働きや投資がどれだけチームの成績に変化を与えるのかを知りたければ事象を得点化し勝率推定式に放り込めばいい。セイバーメトリクスはそのための道具を多く用意している。
 
 今回は結局勝率推定式を用いた具体的な計算はほとんど行わなかったが、勝率と得失点が密接に関係していることや「10点で1勝」といった一般的な法則、そして選手の貢献をあくまでもチームの勝敗から捉える観点をおさえておけばそれだけでも意味があると考えている。

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