70年代以降の捕手総合評価
蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]
1.守備と攻撃を総合する
以前に、1970年代以降の捕手の守備を得点化して数値評価することを行った(70年代以降の捕手守備指標)。それによってたとえばその期間に守備で最も貢献したのは古田敦也だろうといったことがわかったが、それはあくまでも守備に限った解析である。
野球ファンとしては守備を評価したならさらに攻撃も分析して「攻守総合して最も優れた捕手は誰なのか」を知りたくなる。幸いセイバーメトリクス的には守備の評価に比べて打撃の評価は技術的に容易であり、評価の方針や用いる基準こそさまざまに考えられるもののデータの操作は単純と言っていい。そこで本稿では歴代の捕手の成績を攻守ともに数値で分析し総合的な貢献度を算出することを試みる。
2.評価の前提となる事柄
はじめに、分析の前提として注意していただきたいことを記しておく。
a.対象とする期間は1970年以降である。
これは守備指標の計算がその期間を対象に行われたことによる。69年以前から70年以降にまたがってプレーしている選手については、70年以降の記録だけを対象として集計されている。
b.今回はあくまでも捕手としての評価とするため、打撃成績は捕手で出場した割合に応じて按分する。
すなわち守備に就いた試合数のうち90%が捕手としての出場であり打者として全体で120の安打を打っていれば、捕手としては120×0.9=108本の安打を打ったと考える。これにより、計算される打撃指標は単純にその選手を一人の打者とする計算と異なる場合がある。
c.故意四球は解析の対象から除外する。
捕手の通算成績を評価する場合、セ・リーグの8番打者などで大きな偏りが生じる可能性があると考えたためである。
d. 控えレベルの捕手の打撃は過去の統計より600打席あたりでリーグの野手平均に比べて得点を36減らす水準とする。
すなわちBatting Runsに「0.06×打席数」を足せば控えレベルの捕手に比べて増やした得点数が計算できる。
以上4項目である。打撃の評価に用いるBRは安打や四球といったイベントに得点価値を掛け合わせて「リーグの平均的な打者が同じ打席数を出場する場合に比べてどれだけチームの得点を増やしたか、または減らしたか」を評価する指標である。ここではさらにd項目にある通り控えレベルの捕手が打つ場合に比べてという基準を持ち込むことによって捕手としての価値を明確にする。野球に限らず物事の価値を計るのに有効な方法はそれがある場合とない場合を比較し差をとることであり、特定の捕手が出場できなくなったときチームが余計なコストをかけずにできることは「代わりの(控えの)捕手を出場させる」ことだからである。
ちなみにレギュラーを含めた一般的な捕手のBRは年間で-15くらいである。控え捕手のBRは-36だから、平均的な捕手と控え捕手の間には打撃で約20点分の差がある。以前の記事で示した守備指標での差は4点弱だから、守備の差は打撃に比べてずいぶん小さいことになる。これは実際にそうなのかもしれないが、守備の評価があくまでも限定的なものであるため守備の影響を過小評価している可能性もあると考えている。たとえば2009年と2010年のデータを使って先発出場が正捕手(出場試合数が最も多い捕手と定義)の試合とそうでない試合を比べると前者の平均失点は4.22であり後者は4.40だった。大雑把に言うと正捕手が出場するかどうかで失点には一試合あたり0.18点、年間で26点の差が生じるわけである。ノイズの大きい数字だからこれをそのまま採用するわけにはいかないが、包括的なリサーチが行われた際には対象を限定した守備指標による分析よりも大きな数字が出てくる可能性は低くないだろう。現段階でははっきりしたことは言えないため、ここでは控えの捕手に比べて出場することの価値が過小評価されているかもしれないことを記しておくに留める。
3.攻撃優秀者
まずは、攻撃の評価だけを取り出して見てみよう。はじめに示すデータは70年以降、捕手で打撃指標が最も優れている10人である。
打撃得点:平均的な打者に比べて打撃で増やした得点
打撃得点’:控えレベルの捕手に比べて打撃で増やした利得
守備の評価を「守備得点」と呼称している関係上、Batting Runsも「打撃得点」と表記した。ここで最も重視している「控えレベルの捕手に比べて打撃で稼いだ利得」を表すのは打撃得点に記号をつけた「打撃得点’」の欄である。また、打席数も打撃成績の単純な合計ではなく捕手として出場した割合に応じて調整されているし、指標の計算上考慮されない打席(犠打・敬遠の打席等)の分は除いている。
この期間打撃で最も貢献を積み上げたのは古田と言っていいようである(記事としてのお楽しみの意味では微妙だがこの時点で「総合的には誰か?」の答えも出てしまった)。現役生活を通じて、控えの捕手が出る場合に比べて実に625の得点を積み上げた。リーグの平均的な打者との比較を表す打撃得点でも145とかなりの数字を残しており、捕手として優れていただけでなく単純に一人の打者として見ても優秀だったと言える。
古田に続くのが現役の城島健司と阿部慎之助。この二人は打席あたりの貢献度はだいたい等しいとみなせる。またどちらも古田と同じだけの打席数に換算すれば打撃得点’は700点台後半となり古田を超えるため、このまま順調に選手生活を送れば総合点で古田を上回るかもしれない。この点についてはまた後半にも触れる。
4番目の田淵幸一はやや特殊な存在。田淵のデビューは1969年であり1年だけ集計から漏れているが、特性はしっかり表の数字に表れている。捕手としての打席数はランクインしている他の選手に比べて少ないわりに打者平均との対比ではトップであるなど、機会あたりの貢献度がずば抜けている。
今回は深入りしないが打撃のみ1950年からの数字を出してみると打撃得点’でトップは野村克也で1299。なんと古田の倍以上で、おそらくこれを超える捕手は今後現れないのではないかと思う。「捕手として打撃で最も実績を残したのは誰か?」と漠然と聞かれたら野村克也と答える以外にはないだろうが、600打席あたりの打撃得点’で見ると野村が66、田淵が69であり、打席数が著しく少ない場合を除けば田淵だけが野村を上回っている。したがって「捕手の打撃では野村最強」説に部分的にであれ対抗できる可能性のある選手がいるとしたらそれは唯一田淵なのではないだろうか(もちろん、野村のほうが現役生活が長い分貢献「率」を通算成績から単純に出すのは不公平ではないかとか条件の考え方はさまざまにあり得るため一概には言えない)。
4.総合評価
いよいよ攻撃の評価と守備の評価を統合する。守備の評価は以前の記事で算出した通りであるため詳しくはそちらを参照して欲しいが、簡単に言えば、盗塁阻止・捕逸・失策についてそれぞれの得点価値に見合った重みをつけて「リーグの平均的な(あるいは控えレベルの)捕手が出場する場合に比べてどれだけ失点を防いだか」を評価するものであった。
70年以降で捕手として500試合以上の出場がある選手を対象として、総合評価のランキングは以下のようになる。
守備得点:平均的な捕手に比べて防いだ失点
守備得点’:控えレベルの捕手に比べて防いだ失点
総合得点:平均的な捕手に比べて攻守合わせて上回った得点(打撃得点+守備得点)
総合得点’:控えレベルの捕手に比べて攻守合わせて上回った得点(打撃得点’+守備得点’)
総合得点’/140:総合得点’の140試合換算
既に判明していたことではあるが、この期間において捕手で総合的に最も貢献したのは古田だという結論が出た。とりあえず、「総合得点’」が控え捕手に比べて稼いだ全体の利得であり、ここでの最終評価だと考えてほしい。1シーズン換算で言うと、古田を失うだけでチームは54点の損失を被るくらいの働きだったと言うことができる。積み上げた数値では2位以下を大きく突き放しており、端的に素晴らしい活躍をした捕手だと表現して差し障りないだろう。
古田以下は城島、谷繁、阿部、木俣……と続く。城島や阿部は攻守の両面で優れており、正統的に古田に迫っている。木俣は64年デビューで記録が6年分切れているため、全体の数値を算出した場合にはまた評価が上がるかもしれない。出場の全てが70年以降に収まらない捕手は除外することも考えたが69年にデビューして70年代におおいに活躍した田淵のような捕手を単純に除外することにも抵抗があったため、このような少々中途半端な算出になったことをお許し願いたい。
トップテンのうち谷繁や伊東は、野手として見れば打撃は特に秀でてはいないが優れた守備と「捕手としては合格点の打撃」でスコアを重ねている。ある意味、捕手らしい捕手と言えるのかもしれない。田村藤夫、梨田昌孝、大矢明彦あたりもこの部類に入るだろうか。
5.名捕手の足跡
ここで少し趣向を変えて、ランキングに入っているような捕手がどのような現役生活を送ったのか、代表的な選手について数字で追ってみたい。
まずは古田のデビューから引退までの総合評価の推移。

デビューの年にいきなり盗塁阻止率が5割を超えるなど捕手として優れたパフォーマンスを発揮し一定の評価を得ることに成功している。打撃に比べると地味に見えてしまうかもしれないが守備得点’が10に届くとしたらそれは数字としてはかなり高い。そして翌年には打者としても一流のものを見せつけ、控え捕手と比較した利得では70点を超えた。そして3年目には早くも86点とキャリアハイの貢献度を出した(ちなみにこれは3位のチームを優勝に押し上げるくらいの得点数である)。それ以降、故障がありつつも守備では常にトップレベルの働きをし、打撃でも安定した貢献をしている。偶然的な要因を含めてある程度の凹凸があるのは当然として、基本的には早熟も晩成もなく一貫して優良な選手だったと見ていいだろう。40年スパンでの最高評価などはこのような形でなければそもそも不可能なのかもしれない。
続いて伊東勤についても同じように見てみる。
伊東の場合、守備に関していうとキャリアの序盤では数字的には特筆するほどのものではなかった。3年目までは捕手としてはあくまでも平均的で、まばらに片鱗を見せてはいるものの安定して優れた守備を発揮するのは案外遅く9年目くらいからである。必ずしも守備指標が主観的な評価のものさしになるとは思わないが、伊東が安定的に出場機会を得ることができたのは守備だけでなくある程度打撃・走塁に優れたところがあったからだと考えることもできるかもしれない。総合的には安定してチームに貢献し続けており、総合評価の合計値は長く安定したキャリアの賜物。単年のスコアでは39点が最高であり、良い数字ではあるのだが、70点や80点を叩き出していた古田の成績がいかに派手かをむしろ感じる。
最後に「現役選手が古田に追いつけるか?」ということで阿部慎之助を取り上げてみる。本来なら最も古田に近い男として城島を取り上げるべきかとも思うのだが、MLBに行っていた期間がある分キャリアを対比させることが難しいと感じたため大学・社会人卒の即戦力という意味で似ていることもあり阿部を取り上げる。

阿部に関してはデビューから同じ年数に該当する古田の総合評価を重ねて表示している。これを見ると、デビュー直後の充実度ではさすがに古田に大きく差をつけられているが、最近では打撃の大きな利得を武器に古田の貢献を上回る年も多いことがわかる。阿部は10年間での総合点が480で、古田もデビューから10年間では492とほぼ同等である。最近5年間の平均くらいの成績をあと5年続けられれば古田を抜ける計算だが、なかなか微妙なところかもしれない。古田も伊東も6年目~10年目の5年間と11年目~15年目の5年間では後者のほうが数字は良いため阿部にとってもそれは十分あり得ることだと思われるが、一年でも大きな不調や故障があれば「古田超え」の達成は一気に難しくなる。いずれにせよ今後が楽しみである。
6.ブラックボックスを残して
以上、選手の働きを総合的に評価することを試みた。もちろん、これが唯一の評価方法ではないしこの数字だけで選手を語るのは問題がある。客観的に具体化できそうなところは具体化した、議論の材料と考えてほしい。仮に評価に含まれていない主な要素が「配球の妙」だとして、それによる差がせいぜい30点だと考えるならば、ランキングで30点を超える差がついているところの順番はおそらく覆らないだろうと考えることができる(30という数字は単なる思いつきで、真実は3点かもしれないし300点かもしれない)。
ちなみにセイバーメトリクスはリードといった側面の影響力には従来の言説に比べて懐疑的である。『Baseball Between the Numbers』に収録されているキース・ウールナーのリポートによれば、MLBに関して網羅的な研究を行った結果、捕手が投手を上手く扱って失点を少なくする一貫した能力のようなものの統計的な証拠は見つけられなかったという。同じ投手でもA捕手が受けているときに比べてB捕手が受けているときのほうが防御率が良いということはあり得るが、それが翌年には簡単に逆転するなど、傾向は極めてランダムに出るらしい。方法論が確立されていないこともあり結論を出すにはまだ少し早いようにも感じるが、少なくともウールナーのリポートは「我々は目に見えないものに関して、根拠も無く大袈裟に表現しすぎているのかもしれない」と考えさせる材料ではある。
以前に、1970年代以降の捕手の守備を得点化して数値評価することを行った(70年代以降の捕手守備指標)。それによってたとえばその期間に守備で最も貢献したのは古田敦也だろうといったことがわかったが、それはあくまでも守備に限った解析である。
野球ファンとしては守備を評価したならさらに攻撃も分析して「攻守総合して最も優れた捕手は誰なのか」を知りたくなる。幸いセイバーメトリクス的には守備の評価に比べて打撃の評価は技術的に容易であり、評価の方針や用いる基準こそさまざまに考えられるもののデータの操作は単純と言っていい。そこで本稿では歴代の捕手の成績を攻守ともに数値で分析し総合的な貢献度を算出することを試みる。
2.評価の前提となる事柄
はじめに、分析の前提として注意していただきたいことを記しておく。
a.対象とする期間は1970年以降である。
これは守備指標の計算がその期間を対象に行われたことによる。69年以前から70年以降にまたがってプレーしている選手については、70年以降の記録だけを対象として集計されている。
b.今回はあくまでも捕手としての評価とするため、打撃成績は捕手で出場した割合に応じて按分する。
すなわち守備に就いた試合数のうち90%が捕手としての出場であり打者として全体で120の安打を打っていれば、捕手としては120×0.9=108本の安打を打ったと考える。これにより、計算される打撃指標は単純にその選手を一人の打者とする計算と異なる場合がある。
c.故意四球は解析の対象から除外する。
捕手の通算成績を評価する場合、セ・リーグの8番打者などで大きな偏りが生じる可能性があると考えたためである。
d. 控えレベルの捕手の打撃は過去の統計より600打席あたりでリーグの野手平均に比べて得点を36減らす水準とする。
すなわちBatting Runsに「0.06×打席数」を足せば控えレベルの捕手に比べて増やした得点数が計算できる。
以上4項目である。打撃の評価に用いるBRは安打や四球といったイベントに得点価値を掛け合わせて「リーグの平均的な打者が同じ打席数を出場する場合に比べてどれだけチームの得点を増やしたか、または減らしたか」を評価する指標である。ここではさらにd項目にある通り控えレベルの捕手が打つ場合に比べてという基準を持ち込むことによって捕手としての価値を明確にする。野球に限らず物事の価値を計るのに有効な方法はそれがある場合とない場合を比較し差をとることであり、特定の捕手が出場できなくなったときチームが余計なコストをかけずにできることは「代わりの(控えの)捕手を出場させる」ことだからである。
ちなみにレギュラーを含めた一般的な捕手のBRは年間で-15くらいである。控え捕手のBRは-36だから、平均的な捕手と控え捕手の間には打撃で約20点分の差がある。以前の記事で示した守備指標での差は4点弱だから、守備の差は打撃に比べてずいぶん小さいことになる。これは実際にそうなのかもしれないが、守備の評価があくまでも限定的なものであるため守備の影響を過小評価している可能性もあると考えている。たとえば2009年と2010年のデータを使って先発出場が正捕手(出場試合数が最も多い捕手と定義)の試合とそうでない試合を比べると前者の平均失点は4.22であり後者は4.40だった。大雑把に言うと正捕手が出場するかどうかで失点には一試合あたり0.18点、年間で26点の差が生じるわけである。ノイズの大きい数字だからこれをそのまま採用するわけにはいかないが、包括的なリサーチが行われた際には対象を限定した守備指標による分析よりも大きな数字が出てくる可能性は低くないだろう。現段階でははっきりしたことは言えないため、ここでは控えの捕手に比べて出場することの価値が過小評価されているかもしれないことを記しておくに留める。
3.攻撃優秀者
まずは、攻撃の評価だけを取り出して見てみよう。はじめに示すデータは70年以降、捕手で打撃指標が最も優れている10人である。
順位 | 選手 | 打席 | 打撃得点 | 打撃得点’ |
1 | 古田 敦也 | 7995 | 145 | 625 |
2 | 城島 健司 | 4918 | 181 | 476 |
3 | 阿部 慎之助 | 4608 | 161 | 438 |
4 | 田淵 幸一 | 3486 | 201 | 410 |
5 | 木俣 達彦 | 5152 | 93 | 402 |
6 | 谷繁 元信 | 8422 | -122 | 384 |
7 | 野村 克也 | 4358 | 96 | 357 |
8 | 伊東 勤 | 7861 | -155 | 316 |
9 | 矢野 輝弘 | 5260 | -50 | 266 |
10 | 吉永 幸一郎 | 2795 | 72 | 240 |
打撃得点:平均的な打者に比べて打撃で増やした得点
打撃得点’:控えレベルの捕手に比べて打撃で増やした利得
守備の評価を「守備得点」と呼称している関係上、Batting Runsも「打撃得点」と表記した。ここで最も重視している「控えレベルの捕手に比べて打撃で稼いだ利得」を表すのは打撃得点に記号をつけた「打撃得点’」の欄である。また、打席数も打撃成績の単純な合計ではなく捕手として出場した割合に応じて調整されているし、指標の計算上考慮されない打席(犠打・敬遠の打席等)の分は除いている。
この期間打撃で最も貢献を積み上げたのは古田と言っていいようである(記事としてのお楽しみの意味では微妙だがこの時点で「総合的には誰か?」の答えも出てしまった)。現役生活を通じて、控えの捕手が出る場合に比べて実に625の得点を積み上げた。リーグの平均的な打者との比較を表す打撃得点でも145とかなりの数字を残しており、捕手として優れていただけでなく単純に一人の打者として見ても優秀だったと言える。
古田に続くのが現役の城島健司と阿部慎之助。この二人は打席あたりの貢献度はだいたい等しいとみなせる。またどちらも古田と同じだけの打席数に換算すれば打撃得点’は700点台後半となり古田を超えるため、このまま順調に選手生活を送れば総合点で古田を上回るかもしれない。この点についてはまた後半にも触れる。
4番目の田淵幸一はやや特殊な存在。田淵のデビューは1969年であり1年だけ集計から漏れているが、特性はしっかり表の数字に表れている。捕手としての打席数はランクインしている他の選手に比べて少ないわりに打者平均との対比ではトップであるなど、機会あたりの貢献度がずば抜けている。
今回は深入りしないが打撃のみ1950年からの数字を出してみると打撃得点’でトップは野村克也で1299。なんと古田の倍以上で、おそらくこれを超える捕手は今後現れないのではないかと思う。「捕手として打撃で最も実績を残したのは誰か?」と漠然と聞かれたら野村克也と答える以外にはないだろうが、600打席あたりの打撃得点’で見ると野村が66、田淵が69であり、打席数が著しく少ない場合を除けば田淵だけが野村を上回っている。したがって「捕手の打撃では野村最強」説に部分的にであれ対抗できる可能性のある選手がいるとしたらそれは唯一田淵なのではないだろうか(もちろん、野村のほうが現役生活が長い分貢献「率」を通算成績から単純に出すのは不公平ではないかとか条件の考え方はさまざまにあり得るため一概には言えない)。
4.総合評価
いよいよ攻撃の評価と守備の評価を統合する。守備の評価は以前の記事で算出した通りであるため詳しくはそちらを参照して欲しいが、簡単に言えば、盗塁阻止・捕逸・失策についてそれぞれの得点価値に見合った重みをつけて「リーグの平均的な(あるいは控えレベルの)捕手が出場する場合に比べてどれだけ失点を防いだか」を評価するものであった。
70年以降で捕手として500試合以上の出場がある選手を対象として、総合評価のランキングは以下のようになる。
順位 | 選手 | 試合 | 打撃得点 | 守備得点 | 総合得点 | 打撃得点' | 守備得点' | 総合得点' | 総合得点'/140 |
1 | 古田 敦也 | 1959 | 145 | 78 | 223 | 625 | 126 | 751 | 54 |
2 | 城島 健司 | 1207 | 181 | 39 | 219 | 476 | 69 | 544 | 63 |
3 | 谷繁 元信 | 2497 | -122 | 59 | -62 | 384 | 116 | 500 | 28 |
4 | 阿部 慎之助 | 1183 | 161 | 15 | 176 | 438 | 42 | 480 | 57 |
5 | 木俣 達彦 | 1390 | 93 | 16 | 109 | 402 | 48 | 450 | 45 |
6 | 田淵 幸一 | 862 | 201 | 4 | 205 | 410 | 25 | 434 | 71 |
7 | 伊東 勤 | 2327 | -155 | 43 | -112 | 316 | 97 | 414 | 25 |
8 | 野村 克也 | 1085 | 96 | -28 | 68 | 357 | -2 | 355 | 46 |
9 | 矢野 輝弘 | 1545 | -50 | 14 | -35 | 266 | 48 | 314 | 28 |
10 | 田村 藤夫 | 1527 | -71 | 30 | -41 | 227 | 65 | 291 | 27 |
11 | 有田 修三 | 1049 | 13 | 14 | 27 | 220 | 35 | 255 | 34 |
12 | 吉永 幸一郎 | 622 | 72 | -5 | 68 | 240 | 10 | 250 | 56 |
13 | 梨田 昌孝 | 1166 | -53 | 40 | -13 | 173 | 65 | 237 | 28 |
14 | 里崎 智也 | 735 | 32 | 13 | 45 | 207 | 30 | 237 | 45 |
15 | 加藤 俊夫 | 1078 | -3 | 4 | 1 | 209 | 27 | 236 | 31 |
16 | 中村 武志 | 1932 | -201 | 11 | -191 | 170 | 54 | 223 | 16 |
17 | 大矢 明彦 | 1497 | -170 | 40 | -130 | 127 | 74 | 202 | 19 |
18 | 中尾 孝義 | 825 | -9 | 12 | 3 | 144 | 29 | 173 | 29 |
19 | 日高 剛 | 1340 | -145 | 14 | -131 | 103 | 42 | 145 | 15 |
20 | 達川 光男 | 1320 | -161 | 38 | -123 | 77 | 67 | 144 | 15 |
21 | 中沢 伸二 | 1209 | -93 | 22 | -71 | 97 | 45 | 142 | 16 |
22 | 山倉 和博 | 1253 | -136 | 11 | -126 | 100 | 38 | 138 | 15 |
23 | 若菜 嘉晴 | 1335 | -151 | 15 | -136 | 92 | 43 | 134 | 14 |
24 | 八重樫 幸雄 | 935 | -80 | -3 | -83 | 114 | 17 | 130 | 20 |
25 | 相川 亮二 | 1003 | -115 | 6 | -109 | 90 | 29 | 120 | 17 |
26 | 大宮 龍男 | 793 | -58 | 11 | -46 | 91 | 25 | 117 | 21 |
27 | 村田 真一 | 1087 | -81 | -20 | -101 | 110 | 2 | 112 | 14 |
28 | 福嶋 久晃 | 838 | -80 | 11 | -68 | 82 | 29 | 111 | 19 |
29 | 高橋 信二 | 529 | -9 | -5 | -14 | 105 | 6 | 111 | 29 |
30 | 中嶋 聡 | 1479 | -152 | 3 | -149 | 78 | 30 | 107 | 10 |
31 | 西山 秀二 | 1145 | -127 | 17 | -110 | 61 | 39 | 100 | 12 |
32 | 野口 寿浩 | 836 | -67 | 1 | -66 | 78 | 18 | 96 | 16 |
33 | 橋本 将 | 550 | -35 | -7 | -42 | 91 | 4 | 94 | 24 |
34 | 村上 公康 | 669 | -35 | 11 | -24 | 69 | 23 | 91 | 19 |
35 | 伊藤 勲 | 755 | -46 | -31 | -77 | 105 | -15 | 90 | 17 |
36 | 水沼 四郎 | 1229 | -140 | 3 | -137 | 58 | 27 | 85 | 10 |
37 | 石原 慶幸 | 858 | -99 | -2 | -102 | 64 | 17 | 81 | 13 |
38 | 高橋 博士 | 652 | -39 | -5 | -44 | 69 | 7 | 77 | 16 |
39 | 藤田 浩雅 | 696 | -65 | 4 | -61 | 55 | 18 | 73 | 15 |
40 | 細川 亨 | 852 | -112 | 18 | -93 | 37 | 36 | 73 | 12 |
41 | 香川 伸行 | 528 | -33 | -16 | -49 | 79 | -6 | 72 | 19 |
42 | 光山 英和 | 669 | -46 | 11 | -35 | 44 | 22 | 67 | 14 |
43 | 吉田 博之 | 663 | -56 | -4 | -60 | 52 | 9 | 61 | 13 |
44 | 吉田 孝司 | 839 | -77 | -5 | -81 | 47 | 10 | 57 | 9 |
45 | 木戸 克彦 | 943 | -87 | -19 | -105 | 58 | -1 | 57 | 8 |
46 | 的山 哲也 | 1014 | -120 | 14 | -106 | 18 | 32 | 50 | 7 |
47 | 辻 恭彦 | 693 | -73 | 10 | -63 | 22 | 22 | 45 | 9 |
48 | 袴田 英利 | 900 | -120 | 1 | -119 | 25 | 19 | 44 | 7 |
49 | 片岡 新之介 | 667 | -64 | -4 | -67 | 28 | 7 | 36 | 7 |
50 | 藤井 彰人 | 656 | -81 | 1 | -79 | 11 | 13 | 25 | 5 |
51 | 三輪 隆 | 539 | -76 | 2 | -74 | 7 | 12 | 19 | 5 |
52 | 古久保 健二 | 924 | -112 | -4 | -117 | 7 | 10 | 18 | 3 |
53 | 瀬戸 輝信 | 521 | -57 | -8 | -66 | 16 | 1 | 17 | 4 |
54 | 大石 友好 | 667 | -93 | 15 | -78 | -11 | 26 | 15 | 3 |
55 | 山下 和彦 | 893 | -102 | -18 | -121 | 11 | -3 | 8 | 1 |
56 | 黒田 正宏 | 568 | -79 | -3 | -83 | -4 | 6 | 3 | 1 |
57 | 秋元 宏作 | 536 | -64 | -15 | -80 | 6 | -7 | -1 | 0 |
58 | 清水 将海 | 665 | -118 | 10 | -108 | -24 | 22 | -2 | 0 |
59 | 定詰 雅彦 | 503 | -83 | -4 | -87 | -17 | 5 | -12 | -3 |
60 | 山田 勝彦 | 742 | -151 | -19 | -170 | -40 | -6 | -46 | -9 |
守備得点:平均的な捕手に比べて防いだ失点
守備得点’:控えレベルの捕手に比べて防いだ失点
総合得点:平均的な捕手に比べて攻守合わせて上回った得点(打撃得点+守備得点)
総合得点’:控えレベルの捕手に比べて攻守合わせて上回った得点(打撃得点’+守備得点’)
総合得点’/140:総合得点’の140試合換算
既に判明していたことではあるが、この期間において捕手で総合的に最も貢献したのは古田だという結論が出た。とりあえず、「総合得点’」が控え捕手に比べて稼いだ全体の利得であり、ここでの最終評価だと考えてほしい。1シーズン換算で言うと、古田を失うだけでチームは54点の損失を被るくらいの働きだったと言うことができる。積み上げた数値では2位以下を大きく突き放しており、端的に素晴らしい活躍をした捕手だと表現して差し障りないだろう。
古田以下は城島、谷繁、阿部、木俣……と続く。城島や阿部は攻守の両面で優れており、正統的に古田に迫っている。木俣は64年デビューで記録が6年分切れているため、全体の数値を算出した場合にはまた評価が上がるかもしれない。出場の全てが70年以降に収まらない捕手は除外することも考えたが69年にデビューして70年代におおいに活躍した田淵のような捕手を単純に除外することにも抵抗があったため、このような少々中途半端な算出になったことをお許し願いたい。
トップテンのうち谷繁や伊東は、野手として見れば打撃は特に秀でてはいないが優れた守備と「捕手としては合格点の打撃」でスコアを重ねている。ある意味、捕手らしい捕手と言えるのかもしれない。田村藤夫、梨田昌孝、大矢明彦あたりもこの部類に入るだろうか。
5.名捕手の足跡
ここで少し趣向を変えて、ランキングに入っているような捕手がどのような現役生活を送ったのか、代表的な選手について数字で追ってみたい。
まずは古田のデビューから引退までの総合評価の推移。

デビューの年にいきなり盗塁阻止率が5割を超えるなど捕手として優れたパフォーマンスを発揮し一定の評価を得ることに成功している。打撃に比べると地味に見えてしまうかもしれないが守備得点’が10に届くとしたらそれは数字としてはかなり高い。そして翌年には打者としても一流のものを見せつけ、控え捕手と比較した利得では70点を超えた。そして3年目には早くも86点とキャリアハイの貢献度を出した(ちなみにこれは3位のチームを優勝に押し上げるくらいの得点数である)。それ以降、故障がありつつも守備では常にトップレベルの働きをし、打撃でも安定した貢献をしている。偶然的な要因を含めてある程度の凹凸があるのは当然として、基本的には早熟も晩成もなく一貫して優良な選手だったと見ていいだろう。40年スパンでの最高評価などはこのような形でなければそもそも不可能なのかもしれない。
続いて伊東勤についても同じように見てみる。

伊東の場合、守備に関していうとキャリアの序盤では数字的には特筆するほどのものではなかった。3年目までは捕手としてはあくまでも平均的で、まばらに片鱗を見せてはいるものの安定して優れた守備を発揮するのは案外遅く9年目くらいからである。必ずしも守備指標が主観的な評価のものさしになるとは思わないが、伊東が安定的に出場機会を得ることができたのは守備だけでなくある程度打撃・走塁に優れたところがあったからだと考えることもできるかもしれない。総合的には安定してチームに貢献し続けており、総合評価の合計値は長く安定したキャリアの賜物。単年のスコアでは39点が最高であり、良い数字ではあるのだが、70点や80点を叩き出していた古田の成績がいかに派手かをむしろ感じる。
最後に「現役選手が古田に追いつけるか?」ということで阿部慎之助を取り上げてみる。本来なら最も古田に近い男として城島を取り上げるべきかとも思うのだが、MLBに行っていた期間がある分キャリアを対比させることが難しいと感じたため大学・社会人卒の即戦力という意味で似ていることもあり阿部を取り上げる。

阿部に関してはデビューから同じ年数に該当する古田の総合評価を重ねて表示している。これを見ると、デビュー直後の充実度ではさすがに古田に大きく差をつけられているが、最近では打撃の大きな利得を武器に古田の貢献を上回る年も多いことがわかる。阿部は10年間での総合点が480で、古田もデビューから10年間では492とほぼ同等である。最近5年間の平均くらいの成績をあと5年続けられれば古田を抜ける計算だが、なかなか微妙なところかもしれない。古田も伊東も6年目~10年目の5年間と11年目~15年目の5年間では後者のほうが数字は良いため阿部にとってもそれは十分あり得ることだと思われるが、一年でも大きな不調や故障があれば「古田超え」の達成は一気に難しくなる。いずれにせよ今後が楽しみである。
6.ブラックボックスを残して
以上、選手の働きを総合的に評価することを試みた。もちろん、これが唯一の評価方法ではないしこの数字だけで選手を語るのは問題がある。客観的に具体化できそうなところは具体化した、議論の材料と考えてほしい。仮に評価に含まれていない主な要素が「配球の妙」だとして、それによる差がせいぜい30点だと考えるならば、ランキングで30点を超える差がついているところの順番はおそらく覆らないだろうと考えることができる(30という数字は単なる思いつきで、真実は3点かもしれないし300点かもしれない)。
ちなみにセイバーメトリクスはリードといった側面の影響力には従来の言説に比べて懐疑的である。『Baseball Between the Numbers』に収録されているキース・ウールナーのリポートによれば、MLBに関して網羅的な研究を行った結果、捕手が投手を上手く扱って失点を少なくする一貫した能力のようなものの統計的な証拠は見つけられなかったという。同じ投手でもA捕手が受けているときに比べてB捕手が受けているときのほうが防御率が良いということはあり得るが、それが翌年には簡単に逆転するなど、傾向は極めてランダムに出るらしい。方法論が確立されていないこともあり結論を出すにはまだ少し早いようにも感じるが、少なくともウールナーのリポートは「我々は目に見えないものに関して、根拠も無く大袈裟に表現しすぎているのかもしれない」と考えさせる材料ではある。
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Baseball Lab「Archives」では2010~2011年にかけてラボ内で行われた「セイバーメトリクス」のコンテンツを公開しております。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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