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コラム

主観の落とし穴

蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/05/23(月) 10:00rss

1.なぜ記録・計算をするのか
 
 セイバーメトリクスはよく「机上の空論」や「数字遊び」といったニュアンスで(というかしばしばそのままの言葉で)批判を受ける。もっと実際に野球をプレーし試合をよく見ろという批判は多い。しかしそもそもセイバーメトリクスの取り組みは、主観的な観察・直感的な考察への懐疑に基づいている面がある。これは具体的にはどういうことを言うのか、今回はそれに関してセイバーメトリクス的な意見・見方を簡単に紹介してみたい。
 
 セイバーメトリクスを世に広めた名著である『マネー・ボール』の内容は、野球ファン(あるいはプレーヤーや指導者までも)が、自身が持つ野球観の客観性を過大評価しがちであることを戒めている。私はセイバーメトリクスを紹介するために自分のサイトを立ち上げたとき、序文に真っ先に『マネー・ボール』から以下のビル・ジェイムズのコメントを引用した。
 
 「考えてみてほしい。3割の打者と2割7分5厘の打者を、目で見るだけで区別することはぜったいにできない。なにしろ、2週間にヒット1本の差しかない。シーズンを通じてそのチームの全試合を観ているスポーツ記者なら、ひょっとすると何か違いを感じとれるかもしれないが、おそらく不可能だろう。10試合に1試合見る程度の平均的な野球ファンは、むろん、そんな微妙な差を見きわめられるはずがない。事実、もし年間15試合観戦するとすれば、目の前でたまたま2割7分5厘の打者が3割打者より多くヒットを打つ確率が40パーセントもある。要するに、すぐれた打者と平均的な打者の違いは、目には見えない。違いはデータのなかだけにある。(マイケル・ルイス著、中山宥訳、『マネー・ボール』、ランダムハウス講談社、2004年、98頁)」
 
 考えてみれば当然のことである。野球ファンといっても、ほとんどの人は、行われているプロ野球全ての試合を見ているわけではない。半分見ることだって相当難しいだろう。そんな中でデータも見ずに「今年のMVPにふさわしいのは誰か」「一般に無死一塁でバントをするのは有効な戦術か」といった議論に対して特定の主張をすることは危険ではないだろうか。
 
 それでも、ヒットを打ったか打っていないかといった明確な事象ならばまだいい。観測した対象についての評価がそもそも曖昧なこともある。ビル・ジェイムズのコメントは以下のように続く。
 
 「そのうえ、誰もが打者を中心にして試合を眺めている。打者の動きを見つめ、スコアカードを開いて名前を確認する。三塁線に鮮やかな打球が飛び、それを三塁手が横っ飛びにつかんで一塁送球アウトにした場合、三塁手に拍手を送る。だが、打球が飛ぶ前、三塁手の動きに注目していた観客がいるだろうか? 三塁手がもし打球の方向をうまく予測して守備位置をずらしていたら、2歩だけ動いて、あたりまえにバックハンドでつかめただろう。そして誰も拍手しない(同上)」
 
 この指摘は、守備指標の結果が主観的な評価と食い違うことの原因の一部を説明しているように思われる。見た目に鮮やかなプレーをすることと実際に多くアウトを奪って失点を防いでいることは別の問題である。
 
 「自分は球場に行って守備隊形等にまで細かく注意を払っているし、観察が印象に影響されやすいことも織り込み済みで冷静に野球を見ている」という人もいるだろう。しかし、主観の癖のようなものを織り込んでいるといってもそれが実際に適切な補正として働いているかは結局のところ客観的なものさしに照らしてみなければわからないことであるし(自分が適切に機能しているかどうかを当の本人が確認することはあまり意味がない)、何百試合も見て細かなプレーのひとつひとつを全て記憶しておくことも不可能である。
 
 データであれば誰が何本ヒットを打ったかということは網羅的に、正確に記録されている。やはり客観的に選手の活躍を測るときにはデータが武器になる。当たり前といえばあまりにも当たり前のことなのだが、セイバーメトリクスの意義はこういったところから存在する。また、従来数値化され利用されてきたもの以上に、思ったよりも多くの面で客観的な計測は有用であるように思われる。人は日常において、物の長さを測るのに定規を使ったり予定を忘れないようにメモを書いたりする。これが野球について熱くなるとつい「私はしっかり試合を見て把握している」と自信過剰になりがちだが、ものさしや記録は野球においても必要なのである。
 
 データを用いずに選手を評価したり野球を考えたりする場合に直面する主な困難性は、以下のようにまとめられる。
 
 ・起こっている事象全てを網羅的に観察することはできない。
 ・起こっている事象の観察・認識には何らかの偏りが不可避的に介入する。
 ・観察した事象の全てを正確に記憶しておくことはできない。
 
 ただでさえ恣意的に選択してプレーを見ているのに加え、同じプレーを見ても「良い動きだ」と思う人もいれば「普通だ」と思う人もいる。そして、派手なプレーは覚えていても地味に貢献するプレーはあまり記憶に残らないかもしれない。そのような中で客観的な選手評価をすることは難しい。
 
 もちろん、データを使えば途端にこれらの呪縛から解き放たれて野球の真理に到達できるというわけではない。データはいくらかの部分について有用な役割を果たしてくれるだけであり、データにも抜けや偏りはあるし複雑な事象をそのまま表現することはできない。あくまでも主観を補完するものである。大切なのは、主観やデータそれぞれの得手不得手を認識しておいてそれらを有効に活用することである。
 
 セイバーメトリクスによれば、野球ファンの考え方は、根拠のない思い込みや古い価値観に縛られていることになる。このような考え方は人間の活動を否定しデータを信奉するようで非人間的と思われるかもしれないが、個人的には人間の観察がそのまま野球の全てを的確に把握できるという全知全能的な人間観のほうに違和感を覚えるところがある。感覚的な観察の優れた面は踏まえた上で、野球との向き合い方に自省的で苦手な面については道具を使って補完するほうが人間的ではないだろうか。そこにおける道具立てがセイバーメトリクスである。
 
 『マネー・ボール』には、従来型のスカウティングとデータを重視するスカウティングとの対立におけるアスレチックスGMビリー・ビーンのこんな言葉も記されている。
 
 「だいじなのは、おたがいの見解を総合することで、相手の意見を否定することじゃない(同上、59頁)」
 

2.印象のバイアス
 
 野球の観戦者やプレーヤーが現実とは違う姿で野球を認識してしまう錯覚にはさまざまな要因が考えられる。代表的なものとして挙げられるのは、印象の強さによって物事の評価が偏る危険である。
 
 たとえばヒットエンドランなどの戦術の期待値は、成功した経験の印象が強く残って過大評価される可能性がある。失敗しても「今回は打者がタイミングを外されただけで、本来はうまくいくはずの作戦だ」と失敗を例外として無視してしまうこともあり得る(打者の失敗が発生することを防げないのならばそのこと自体も作戦の評価に織り込むべきである)。逆にバントが選べる場面で強行をする選択などは、併殺打など最悪のケースの印象が強く残り実際には安打によって大量得点が生まれている場合も多いのに過小評価されているかもしれない。自分が事象をどれだけ過大評価しているかを内省的に評価することなどは難しいし答えが出ないから、こういった場合は統計的な解析か確率モデルなどを用いたシミュレーションが有効と思われる。セイバーメトリクスでは多数行われている検証だが、得点期待値勝利確率を用いてバントを試みる前の状況と後の状況を比較してみると、バントは一般に言われてきたほど有効な戦術ではないことがわかる(最近では統計学者の鳥越規央氏が『9回裏無死1塁でバントはするな』という本を出版している)。
 
 打撃力を買って起用している野手のひどいエラーによる失点が原因で負けた場合などは「やはり守備が重要だ」ということが印象に残りがちだが、これもやはりシーズンを通じて守備でどれだけ損失を被っているかを定量的に評価し、打撃も合わせて選手を入れ替えた場合にどのように得失点差の収支が改善するのかという総合的な視点で評価することが望ましい。ひどいエラーといっても年に2、3回しか起こらないのであればその分の損失は打撃で埋め合わせられている可能性は十分ある。このことを検討するにはwOBAUZRといった指標が役に立つ。
 
 特定の印象的な物事に偏らずに網羅的に事象を分析するにはデータは有効である。
 

3.データの扱いにも注意が必要
 
 データを使うと思い込みや勘違いを一定程度補正することが可能であると考えられるが、一口にデータといっても適切に扱わなければかえって混乱の原因となりかねない。
 
 一般に見られるのは少数のデータから多くを語りすぎる誤りである。たとえば、売り出し中の若手がリーグを代表する投手と2回ほど対戦したときに8打数7安打といった鮮烈な活躍を見せるとたちまち「○○キラー」などと呼ばれたりする。しかしそれはあくまでもたった8打数のデータであって、その打者がその後も相手投手からよく打つかどうかの予測にはほとんど役に立たない。中継などでよく見られる「最近3試合の打率」といったデータも、その直後の試合でよく打つかどうかの予測にはほとんど役に立たないことがわかっている。「○点リードされていて得点圏に走者を置いたときの打率」など状況を絞り込んだデータもよく利用されるが、一般に対象を絞れば絞るほどサンプルが減少し統計データとしての意味が乏しくなることに注意しなければならない。
 
 確率に関して誤った判断をしてしまうこともある。たとえば2割5分の打者が3打席目まで無安打のときに「確率的に言って次の打席では打つ」と考えてしまうのは「ギャンブラーの誤謬」などとして知られている。期待値として各打席に2割5分の打率があるのであって、打たなかったからといってその分を調整するように次の打席の打率が上がるわけではない。
 
 データと因果関係という厄介な論点もあるのだが、これに関してはまた『マネー・ボール』に象徴的な例が載っている。早打ちせずボールをじっくり見るタイプの打者であるスコット・ハッテバーグがコーチにストライクを見逃すなと叱責される場面である。
 
 「ストライクを見逃すと―苦手なコースだから見逃すのだが―たちまちベンチから怒声を浴びた。走者がいるときやノーストライク・ツーボールのときはもっと振っていけ、とコーチに叱責された。打撃コーチのジム・ライス(レッドソックス出身)が、執拗に忠告を繰り返す。ロッカールームでハッテバーグを呼び出し、チームメイトの前で『初球を振ったときは5割の成績を残しているのに、打率2割7分とはどういうことだ?』となじった。『ジム・ライスは現役時代、どんな球でも打って出るタイプだったから、皆に同じスタイルを求めたんだ』とハッテバーグは言う。『おれが初球を打つときは、よっぽどの絶好球が来たというだけなのに』(同上、230頁)」
 
 初球を打ったときの打率が高いのは打てる球が来たときに振っていった結果であり、なんでもかんでも初球を振れば高い打率が出るはずというわけではない。これはおそらくはデータ(特にその因果関係)を誤って解釈している例である。もちろんそのデータは別として、初球を打ちにいったほうがいいという関連性はあるいは存在するのかもしれない。しかし「初球を振りにいったときの打率」というデータから短絡的に結論を出すことは不適切なのである。このあたりのデータの扱いについては、その意味を丁寧に解釈していくしかない。
 
 最後に触れておきたいのは「平均への回帰」である。シーズン開始当初、各打者の打率は5割や2割とかなりブレるのが普通だが、打席数を重ねるにつれて2割後半あたりを平均として似たような範囲に落ち着いていく。これは少ない試行数だと偶然の影響も重なって偏差が実際の選手間の実力差よりも大きく出ているためである。少ない試行数のデータは長期的に見れば平均へ寄っていくもので、このような統計データの動きは「平均への回帰」と呼ばれる。ここで重要なのは、良い成績の打者はそれまで幸運に恵まれていた分バランスをとるような特殊な作用が働き成績が下がっていくというわけではないし、当初調子がよかったばかりに打撃が雑になるといった作用がなくてもこのような数字の動きが、いわば単純な統計的な現象として観測され得るということである。極端に良い/悪い成績を残した後は成績が平均に寄っていくのが自然であって(ただし必ずそうなるというわけではない)、ここに特殊な要因を見出してしまうのは勘違いの元である。たとえば子供が試験で良い点をとったときには褒め、悪い点をとったときには叱るという教育を行うとする。すると、平均への回帰の効果によって良い点をとった後には傾向として点数が下がることが多く、悪い点をとった後には上がることが多くなるのだが、これを指導が原因と考えてしまうと本来の因果関係とは関係なく統計上の動きのために「子供の成績を伸ばすには叱ったほうがいい」と結論してしまいかねない。
 
4.おわりに
 
 色々と雑多に述べてきたが、最終的にはある程度「自分は野球をどう見たいか」という哲学的な問題になってくることは認めざるを得ない。主観や感覚についてははっきり定義・観測できないものであるため水掛け論のようになりやすい面もある。しかしいずれにせよ、少なくともこういったことについて時々反省してみることは意味があるのではないだろうか。
 
 繰り返すが、データを利用すれば思い込みから完全に自由になると言いたいわけでは決してない。セイバーメトリシャンも多くの思い込みに縛られているだろうし、逆にデータの有効性を過大評価しがちであるかもしれない。それでもデータを無視するよりは主観とデータを統合することでいくらか客観的な視座に近づくことはできると信じているし、思い込みに対するある程度の補正にはなると考えている。また、定量的な分析をすることではじめて可視化できる側面もある(外野手の肩による走者に対する「抑止力」などは既に数値化されている)。データの有効性はゼロか百かではなく、有効なデータもあればそうでないデータもある。重要なのは解釈と扱い方である。

コメント

みんなの評価:5

蛭川皓平様

たいへんお世話になっております。

まず、データスタジアムさんに内川選手の件を伺ってみました。
下記は、その返答です。(上段部分を抜粋)

ーーーーーーーーーーーー

※データは全て2011年5月29日現在のものとなります※
まず、弊社データにおける内川選手の打球データですが、
   
       レフト  ライト
2010年    63本   134本
2011年    19本    28本

と、多少レフトの割合が増えている程度ですし、
内外野別また打球方向3分割別で、全フィールドを計6分割した場合、
レフトゾーンの割合が、2010年 12%⇒2011年 16%と、
これも微増の範囲かと思うので、特別去年と比べて変わったという程では
ないかと思います。

また、内川選手が引っ張った方が良いとのご見解については
以下をご参照ください。

まず打撃においては、基本的に『引っ張った』方が
強い打球が生まれることは大前提としてあります。

例えば、2011年NPB全右打者において、

左方向打球(引っ張り打球):打率.353
右方向打球(流し打球):打率.244
※内川選手 ⇒ 引っ張り.450、流し.390
※個人で見ても内川選手のように、
引っ張り打球の方が打率が高くなる選手がほとんどです。

ーーーーーーーーーー

内川選手の件は後に回すとして、
データスタジアムさんから頂いたデータの中から、
最も重要なデータは下記でありましょう。

左方向打球(ひっぱり打球):打率0、353
右方向打球(流し打球):打率0、244

シーズン前半のデータとはいえ、
12球団全体の総数なので、信頼がおけるデータでしょう。
とすると、
右打者は、ひっぱった方が「1割1分」のアドバンテージが、
得られる計算となります。
2割のバッターならば「3割1分」、3割のバッターならば「4割1分」
まず右バッターを語るうえとして、
このアドバンテージは重要なファクターだと考えられます。

当然ながら、ただ単に右バッターがひっぱれば高打率が残せる、
などと言っているのではありません。
蛭川様ご指摘の「状況」というファクターをぬきにしては、
正確性を欠くことでしょう。
相手投手もひっぱれるボールばかりを投げるはずもなく、
右方向にチームバッティングを求められる場面も訪れます。

さりとて、ひっぱりにそぐわないマイナス状況を考慮したとしても、
そのアドバンテージ「1割1分」が「0」になるとは到底考えられず、
たとえその半部の「5分」のアドバンテージがあると計算しても、
そうとうひっぱりは有効な打法あることには変わりありません。

そこで内川選手の件ですが、
まず私が調べたデータに誤差があったようですね。
今シーズンのレフト、ライト、トータルのトータル本数を、
19本:22本としたところ、
データスタジアムさんの統計では、
19本:28本だそうです。
私が取ったデータは、打球が飛んだ位置ではなく、
その打球を取った選手のポジションが記録されるのでしょう。
ライトに飛んだ打球であれど、
二塁手がバックして捕球すれば、それは二塁フライとしてカウントされるような。
その点が、誤差の原因だと思います。
(昨シーズンのデータは、大方一致しましたが)

データスタジアムさんの見解では、
昨シーズンと打撃傾向がさほど変わっていないそうです。
とすれば、ひっぱりアドバンテージの効果も期待できず、
内川選手は、例年どうり打率0、315の前後の数字で、
最終的には収まるのではないでしょうか。

そこで気になることといえば、
内川選手が右打者最高打率を残したときの打撃傾向は、
どうであったか、ということです。
私の論法が正しいのであれば、
昨シーズンのレフトの到達本数より
大幅に高くなければ辻褄があわないことになります。

        レフト  ライト    打率
2008年    ?   ?     0、378
2010年   63本  134本  0、315

これも、手元調べ正確な数字とは到底いえません。
2008年の内川選手の打撃傾向は、
レフト「88本」に対してライト「86本」でした。
私の論法を後押しする結果となりました。
このデータについても正確なところを知りたいため、
現在データスタジアムさんに伺っているところです。
後日、お伝えします。

長文にて失礼いたしました。

Posted by 素人のナックルボール視点 at 2011/06/02 23:04:50 PASS:

データスタジアムさんから、
2008年における内川選手の打球方向の回答を頂きました。

レフト:85本
ライト:81本
        レフト  ライト    打率
2008年   85本   81本  0、378
2010年   63本  134本  0、315

Posted by 素人のナックルボール視点 at 2011/06/04 15:07:23 PASS:

素人のナックルボール視点さま

意欲的に分析されてますね。
以下、私として考えていることはちょっとわかりにくいかもしれませんが……。

>さりとて、ひっぱりにそぐわないマイナス状況を考慮したとしても、
>そのアドバンテージ「1割1分」が「0」になるとは到底考えられず、
>たとえその半部の「5分」のアドバンテージがあると計算しても、
>そうとうひっぱりは有効な打法あることには変わりありません。

これはあくまでも可能性であり、定量的に分析しなければはっきりとしたことは言えないと思います。
ここで重要なのは実際には起こらなかったために結果のデータに含まれていない余事象の部分を勘定に入れることではないかと考えています。
私として今頭にあるのは、打席において「引っ張ることに向いた球(球、というのは状況等の意味を含め)」と「引っ張ることに向かない球」があり、それぞれについて「引っ張ろうとして打つ」と「引っ張ろうとしないで打つ」というふたつの対応があり得るとして打席の内容を合計4事象に分けるというモデルです。

A.引っ張るべき球を引っ張る
B.引っ張るべき球を引っ張らない
C.引っ張るべきでない球を引っ張る
D.引っ張るべきでない球を引っ張らない

打者として望ましいのはA・Dの「適切な対応」をすることで、B・Cになる頻度は減らしたいということになります。
ここで引っ張りの方向に舵を切って得られる利得はAの確実性を高めBの頻度を減らしマイナスを減らすことですが、当然トレードオフとしてCの頻度が増えるというデメリットが生じるはずです。
最終的な打率を決定するのはそれぞれの事象における打率と、(これが重要と思うですが)引っ張るべき球とそうでない球がそもそもどのくらいの比率で来るのかという前提としての分布です。
ここまでのお話で注目されている引っ張り打球の打率の高さというのはおそらくAの結果の部分を見ているだけであり、仮に現状で無理に引っ張りを図る打者が少ないとすればCの事象は「起こっていない」ので(もちろん実際に数がゼロだという意味ではありません)どのくらいのデメリットを持っているのかわからないという点が問題かと。分布として引っ張るべきでない球が多いのであればAを増やすつもりがCが増えるばかりということはあり得るのではないでしょうか。
引っ張りを重視する方針をとったときにCのあたりの数字がどうなるのかということは結果に表れておりませんので、それぞれのバランスが変化することでどのくらいのマイナスがあるのかというのは未知です。私としては、メリットとデメリットのどちらが大きいかはっきりとしたことは言えないと思います(結果として引っ張った打球がそうでない場合に比べていかに打率が高いかというデータをどれだけ集めてもこの点を明らかにする材料にはなりませんよね)。
もちろんここで書いたモデルは議論をはっきりさせるための簡略的なものでが、根本的な構造としてはこのようなことではないかと思います。詳しく解析しようと思っても打者が心の中でどう考えて打席に立っているのかはわからないのでなかなか外からはデータが取りにくいところかもしれません。
現状私として言えるのはこのくらいでしょうか。今後セイバーメトリクスでこの手の研究が出て来るかには期待ですね。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/06/05 10:20:00 PASS:

蛭川皓平様

たいへんお世話になっております。
この命題を考えていると新たな問が生まれ、
またその問から湯水の如く問が溢れてきます。
私の思考力ではパンクしそうです。(笑)
たいへん恐縮ですが、
もう少々お付き合いの程よろしくお願いします。
(勝手を申しまして、申しわけございません)


>A.引っ張るべき球を引っ張る
>B.引っ張るべき球を引っ張らない
>C.引っ張るべきでない球を引っ張る
>D.引っ張るべきでない球を引っ張らない


>引っ張り打球の打率の高さというのはおそらく
 「Aの結果」の部分を見ているだけであり

この括弧の部分は、「AとCの結果」の誤りではないでしょうか。
引っ張りの打率とは、なにも「引っ張るべき球」のみ打っているわけではなく、
「引っ張るべきでない球」も含まれています。
後者を除いた時の打率ではない訳ですから。

とすると、このような解釈でよろいのでしょうか。

「王さんは、変則シフトを敷かれたとしても、
自分のバッティングに徹したそうです。
ただ、引っ張るのみ」

つまり、このような打者に関しては、「引っ張りアドバンテージ1割1分」を
適用してもほぼ差支えないのでしょうか。

(ここから、命題を解き明かす手掛かりが掴めると考えまして)

評価: Posted by 素人のナックルボール視点 at 2011/06/08 00:21:40 PASS:

素人のナックルボール視点さま

>この括弧の部分は、「AとCの結果」の誤りではないでしょうか。

仰る通りです。誤りと言いますか、上で示したモデル全体に言えることですが仮定の上で単純化したものとご理解いただけますと幸いです。
前提として現状は引っ張りに消極的である(よほど引っ張るべきボールのときに限り引っ張る傾向にある)のでなければ引っ張りの価値を見直すこと自体に政策的な意味がないと思いますのでCの割合は低いものと仮定しています。
そこから先について私は特に申し上げられるネタを持っておりませんが、ご指摘のような、スタイルのはっきりした打者を糸口にするというのは面白いアイデアだと感じます。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/06/09 23:15:22 PASS:

蛭川皓平様

私の野球談議につき合わせているようで、
誠に恐縮です。

各々、選手についてデータを調べてみましたが、
思いのほかこのテーマは奥が深いのではないか、と思いました。

>引っ張りに消極的であるのでなければ引っ張りの価値を
見直すこと自体に政策的な意味がない
>スタイルのはっきりした打者

がまずは、選手については後に回すとして、
下記の戦略、方針は逆説が働いているのか、
それとも、単なる誤りか、
熟慮を要するのかと、考えられます。

(右打者、「左方向:0、353 右方向:0、244」を前提として)


①「この打席は、徹底的に右方向を狙っていますね」

昨日、内川選手の打席時の解説です。
素人目からしても、内角を無理に右方向を
狙っている感を受けました。(結果、捕邪飛)
ノーランナーでです。

②「スランプを脱するためには、逆方向を心がけることが重要です」

これも、よく耳にするフレーズです。
スランプを脱するどころか、、、

③「技巧派の投手を崩すには、右打者は右方向、
左打者は左方向に徹するべきです」

日本ハム武田勝投手の登板時に、
しばしば登場する解説です。


これらのフレーズ、
念頭が異なれば、全く意味合いが違ってきます。
大まかにです。
「引っ張り1割1分のアドバンテージ」を念頭に入れていたならば、
たとえば内川選手の先の狙いは、三味線の類に入るでしょう。
「内川は、引っ張れる球を呼び込むための複線か?」
相手を惑わす効果が期待できます。
(その場合は、相手チームもこのアドバンテージを念頭
に入れていなければ成立しませんが)
一方、もし念頭に入っていないのであれば、
内川選手の戦略は、明確に間違いになります。

(「春先の高打率は一過性で、これから内川選手の打率が下降線を辿る」
私の予測の現実味が帯びてきます)

もちろん私は、前者は深読みで、
現状を正しく表していないと思います。
「引っ張り1割1分のアドバンテージ」は
念頭に入っていない、或いは重要視していないのではと思うのです。

それは、内川選手のみならず球界全体の傾向ではないかと考えるのです。
もっと言ってしまえば、「引っ張り」よりも「流し打ち」の方が、
安打が生まれやすい、という誤認をしているのではないかと。

(恐れながら私も以前は、この認識でした)

評価: Posted by 素人 at 2011/06/12 15:03:02 PASS:

素人のナックルボール視点さま

誤認はさまざまな場面でありそうですね。
細部はどんぶり勘定(というか適度な推定)でもいいから何らかのモデルを立てて定量的に考えてみるべき点は多いと思います
今回のようなお話で言えば強打を狙って空振りとか、目に見えるはっきりした失敗を嫌ってしまうという問題があるかもしれません。
狙いが合って当たっていれば高い確率でヒットを打てたというポテンシャルのほうはその場面において覆い隠されてしまうために過小評価される、という。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/06/14 21:44:04 PASS:

蛭川皓平様

データをまとめていますので、
誠に勝手ながら少々お時間をください。

(近々、総括いたします)

評価: Posted by 素人のナックルボール視点 at 2011/06/17 07:16:09 PASS:

蛭川皓平様

たいへんご無沙汰しておりました。
その折は、たいへんお世話になりました。
改めまして、感謝申し上げます。

やっとのこと、ブログ開設にいたりました。
タイトルは、「野球の常識」を疑え、です。
ヤフーで検索してみたところ、 2番目に引っかかりました。
まず、私が「右打者の左打ち(ひっぱり)」に拘った理由が、
第一回の記事をご覧いただければ理解して頂けると思います。
もし、よろしかったらお越しください。

Posted by 素人のナックルボール視点 at 2011/10/09 22:37:58 PASS:

素人のナックルボール視点さま

ブログ開設おめでとうございます。
早速拝見いたしました。
常識を疑え、というタイトル、いいですね。セイバーメトリクス・マネーボールの本質ですね。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/10/12 11:14:20 PASS:
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