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BATTING AVERAGE ON BALLS IN PLAY ~Part 1

蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/02/09(水) 10:00rss

1.BABIP この扱いにくきもの
 
 セイバーメトリクスにおけるキーワードのひとつに、BABIP(Batting Average on Balls In Play)というものがある。BABIPは「本塁打を除いてグラウンド上に飛んだ打球のうちヒットになった割合」を表す指標である。なぜこれがキーワードになるのだろうか。
 
 それは、投手にとって本塁打以外のフェア打球がヒットになろうとなるまいと、それはただの運なのではないか、という驚くべき主張がなされたことによる。
 
 この革命的な知見を発見したボロス・マクラッケンという人物(マイケル・ルイス著のマネーボールでも取り上げられている)は、自らの見解を発表した当初大きな批判にさらされた。投手は自らの力で打者を「打たせて取る」ことができると誰もが信じていたのである。しかしマクラッケンの考え方はいまやセイバーメトリクスの主要な投手評価法に取り入れられている。そしてまた彼はメジャーリーグの球団ボストン・レッドソックスの顧問として雇われた。
 
 マクラッケンの発見は非常に重要であり、BABIP抜きに現在のセイバーメトリクスを語ることは事実上不可能である。しかしBABIPについての解釈は当初から現在まで非常に混乱が多く、人によっては強い拒否反応を示す場合もある。実際BABIPをどう解釈するかということについて定まった形があるわけではない。いまだに非常に扱いにくい概念なのである。
 
 ここで本稿の目的は、そのように混乱の多いBABIPについて研究の歴史を概観して基本的な論点を整理すること、日本における具体的なデータの傾向を確認すること、解釈や評価への利用法を議論することである。それによってBABIPの扱い方がはっきりわかるわけではない。むしろ「はっきりわかるわけではない」のを確認しておくことに意味があると考えている。
 

2.MLBのBABIP研究史
 
 BABIPについてそもそもどんなことが言われているのか、3つの著名な研究に的を絞り、概観してみたい。
 
 Pitching and Defense
 
 まずはなんといっても理論の発見者であるボロス・マクラッケンの研究である。これはもう10年ほど前のものであるが、Baseball Prospectusに投稿された有名な『Pitching and Defense』という論文は今でも読むことができる。
 
 マクラッケンはまず、投手の成績から投手自身の能力と守備の影響を分けることはできないのかという問題に取り組み、投手の記録の中で守備に依存しないものと守備に依存するものを分けた。
 
 マクラッケンの言うところによれば、守備に依存しないものは与四球や奪三振、被本塁打といったものだけであり、それ以外の勝敗、投球回、自責点、被安打などは全て守備に依存する。当然守備に依存する投球回と自責点から計算される防御率なども、守備に依存する。極めて単純で明快な分割である。稀に外野手がホームランをキャッチしてしまうということが起こるが、あくまでレアケースと言える。
 
 この分割に基づいて分析を行った結果、守備に依存しない項目、すなわち与四球や奪三振や被本塁打については期間をまたいでも投手ごとに比較的一貫した傾向が見られた。ある年に奪三振率が高い投手は翌年も奪三振率が高い、という具合に。しかし、守備に依存する典型的な項目であるBABIPは、良い投手は一貫して良いという傾向がほとんどなくランダムだったのである。
 
 仮にBABIPの高低について投手ごとに明確な違いがあり、投手の能力がBABIPの結果を決めているのであれば、こうなるはずはない。ある年BABIPが高かった投手は翌年も高いはずだし、通算成績にはその違いがはっきりと表れるべきである。しかし実際には、年ごとの相関は非常に低く、多くの対戦打席数を経た投手の通算BABIPは似通った水準(平均値周辺)に密集している。これは真の能力の水準では投手ごとにBABIPにあまり違いがなく、個別の変動は偶然によることを示唆している。
 
 このことからマクラッケンは、BABIPは守備や偶然に依存するものであり投手の評価に適さないという結論を出し、守備に依存しない項目だけから評価を行うDIPS(Defense Independent Pitching Stats)を提唱した。DIPSの具体的な計算法はさまざまであるが、現在一般的なDIPSの計算式はFIP(Fielding Independent Pitching)と呼ばれる以下の守備から独立した防御率を表すものである。投手の優劣が被本塁打・与四球・奪三振だけによって決定されることがよくわかる式の組成となっている。
 
 FIP=(13×被本塁打+3×与四球-2×奪三振)/投球回+定数
  定数=リーグ全体の{防御率-(13×被本塁打+3×与四球-2×奪三振)/投球回}
 
 従来の常識では優れた投手はその圧倒的な投球によって、被本塁打でないときでもヒット性の打球はあまり打たせないものと考えられてきた。それなのに実際にはBABIPが安定しないのはどうしてなのだろうか。マクラッケンは多くの可能性をあげてはいるものの、これといった特定の説明を導き出してはいない。しかし理由がどうあれ、BABIPのランダムな傾向は紛れもない事実だった。
 
 Can pitchers prevent hits on balls in play?
 
 冒頭に記したように、上記のマクラッケンの主張は感情的な言葉を含め相当な批判にさらされた。その中で、冷静に統計を使った反論も数多く出ている。特に知られているのがトム・ティペットによる論文『Can pitchers prevent hits on balls in play?』である。
 
 ティペットはマクラッケンの問題提起に対して、大きなスケールで分析を行い具体的な事例を提示した。投手の通算成績などを注意深く検討した末にティペットが得た結論は、投手の能力はBABIPについてマクラッケンが主張したよりも大きな影響力を持っている、というものである。
 
 つまり、マクラッケンの主張を額面通りに受け取れば「打たせて取ることができる投手(ここでは簡単に“一貫してBABIPが低い(良い)投手”と考えておく)」などは全く存在しないことになる。しかし、実際には低いBABIPが要因でMLBにおける成功をおさめている投手はいくらか存在する。たしかにBABIPにおいて投手の持つ影響力は与四球率や奪三振率のそれと比べるととても小さく偶然を多く含むが、偶然を含むということは必ずしも投手が結果にいかなる影響も持っていないということを意味するわけではない。その他、すべてをここに引き写すわけにはいかないがティペットは多くのことを述べている。
 
 ただしティペットの研究は結局のところ、原則としてはマクラッケンの説を覆してはいない。彼自身、投手はインプレーにおいてその他の守備から独立した結果ほどの支配力を持たないということは明らかであり、かつその観点は非常に重要だとしてマクラッケンの研究の価値を認めている。極端すぎたマクラッケンの主張に「限定的ながら投手はBABIPに影響力を持っている」という補足を与えた形である。ティペット以外の研究も含め、投手はBABIPに強く影響できないというマクラッケンの説については「基本的にはそうだが例外もある」ということが確認されている(さすがにBABIPが投手にとって完全な偶然ではないことはマクラッケンも認めている)。
 
 Solving DIPS
 
 BABIPには多くの要素が関わっており、そのうち何が重要かということは程度の問題である。ティペットが示した通りBABIPを多少なり低くできる投手というのは存在するし、マクラッケンが指摘した通り守備の問題もある。観測されたデータである以上ランダムな誤差というのもいくらかはついてまわるし、あるいは打球がヒットになりにくい球場というのも存在するかもしれない。なにがどのくらい重要なのだろうか?
 
 タンゴタイガー、エリック・アレン、アービン・シュウらは議論を通じてこの問題に取り組んだ。彼らの議論は『Solving DIPS』と題したPDFファイルにまとめられている。
 
 この研究の本質は、観測される投手ごとのBABIPの分散の要因を投球(つまり投手自身の能力)・守備・球場・運の4つと考え、それぞれが持っている影響力の大きさを定量的に突き止めるというものである。具体的な数値を置くにあたってある程度割り切った仮定が必要になることは否めないが、シミュレーションや数学的な計算によって各要因が投手のBABIPにどの程度影響を与えるかについて一応の答えが以下のように示されている。
 
 運  :44%
 投球:28%
 守備:17%
 球場:11%
 
 上記は700のBIP(ボールインプレー:本塁打以外の打球)を持つMLBの先発投手についてだけあてはまるものだということに注意してほしい。このパーセンテージにどれだけの意味があるかは若干疑問もあるが、おそらく日本においてもこの順番は同じではないかと思われる。この結果で興味深いのは、タンゴタイガーも示している通りだが、投球がBIPにおいて守備よりも大きな影響力を持っていることや700のBIPでは運が他の何よりも大きな影響力を持っていることである。結局、投手が影響できる程度を考えると、BABIPは投手の能力を表すのに優れた指標とは言い難い。
 
 またタンゴタイガーは、BABIPの数値は投手個々の評価とするには信頼がおけず、投手の評価において与四球・奪三振・被本塁打とそれ以外を分けることは重要であるとしている。DIPSそれ自体が投手の評価として完全であるかどうかはともかく(おそらく完全ではない)、守備に依存しない項目と守備に依存する項目の間には大きな隔たりがあるためそれらを分けるのは評価を考える上で有用なのである(なお、タンゴタイガーは前述のFIPの式の考案者である)。
 
 以上3つの著名な研究その他を総合すると、一般的なまとめとしては以下のようなことが言えるだろう。BABIPには運をはじめ投手以外の要素が大きな影響を与えており一貫した再現は期待できない。したがってBABIPとそれ以外を分けて考えることは有用である。ただし、投手はBABIPに限定的ながら影響力を持っているし優れたBABIPによって良い成績を残す投手も少数は存在する。
  
 次回は日本におけるデータの傾向や評価への適用などについて議論する。


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コメント

みんなの評価:3

結局は同義になるかもしれませんが、紆余曲折を経てBABIPについては個人的にはこのように解釈しています。
究極的にはその投手或いは打者の”標準のBABIP”は存在するけど、その標準に到達するまで膨大な対戦打者数(打者は打席数)を必要とするということなんだと思います。
THTではR二乗が0.5以上となるような相関は650打席でも到達できなかったとありますが、打率では想定ながら1000打席という数字が出ていますので、或いはその辺りが目安になるのかもしれません。
いずれにしましても次回期待しています。

Posted by 三宅博人 at 2011/02/09 23:30:38 PASS:

>三宅さま

>究極的にはその投手或いは打者の”標準のBABIP”は存在するけど、その標準に到達するまで膨大な対戦打者数(打者は打席数)を必要とするということなんだと思います。

この説明はわかりやすい上にreliabilityの研究を通じてすぐに確認作業ができていいですね。私の記事もそのあたりの見方をもっとわかりやすく伝えられればよかったかもしれません。言っていることは同じだと思いますが。
あとは結果としての数値をいかにクレジットするかということなのですが、これはまだ難しいです。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/02/10 11:56:01 PASS:

 殆どの選手は平均から抜けられない世界ですね。それにしても運44%とは……対戦中はどちらも同じ条件である球場とあわせれば5割以上どうしようもないと。

 BABIP平均が高めキープできる打者は、

・打球速度のある打者
(ホームランほどではないにしろ、フェンス直撃の打球などは影響を受けにくいと思われる。
≒長打力のある打者ですが、フライ比率が高いおかげで長打力のある打者は伸び悩みそう。高速ゴロなんてのも低速ゴロよりは守備の網に引っかからないはず)
・打球方向の分布が散っている打者
(守る側のゾーンが狭くなれば低くなる……はず)
・内野安打の多い打者
(私の中では内野安打もある意味防御不能安打と捉えていますが、実際には「内野安打がほぼ発生しない打者」の安定感によるものでしょう)

 あたりで考えているのですが、この3要素は兼備するのが難しいというか、負の相関すらありそうな気配で、なおのこと多くの打者が「平均の必然」に括られてしまいそうです。

 こんなに扱いにくきものならハナっから無視してセカンダリアベレージかなんかで評価してたほうがマシかも知れませんが、どれもこれも秀でてそうなイチローみたいな打者もいますし、いずれは隠されている計算できる打者の発見に繋がるのでしょうか。

 再現性という意味ではBABIPは軽視されがちですが、得点への寄与という面ではバカにできませんからね。出塁率にも長打率にも噛みますし。

評価: Posted by せるふぃむ at 2011/02/11 23:06:27 PASS:

>せるふぃむさま

打者目線で見ますと、(当然ですが)打者についての諸要素が一貫して反映されるため打者ごとのBABIPの差は投手ごとのそれより比較的はっきり出る傾向があります。
打者が右か左か、広角に打ち分けるタイプか、足が速いか、当てるのがうまいか、選球眼がいいか……などの性質の組み合わせによって
その打者の持つあるべきBABIPのようなものが推定できないかといった研究がMLBには既にあり、ある程度は「説明」に成功しているようです。
http://www.hardballtimes.com/main/article/batters-and-babip/
ただしそれでも依然説明しきれない変動は大きく、それはここでいうような「運」と言わざるを得ないでしょうね。

>再現性という意味ではBABIPは軽視されがちですが、得点への寄与という面ではバカにできませんからね。

これはティペットも警告してますね。なにしろ打席のうち約7割はBIPで、その結果が試合にとって重要であることはどこまでいっても無視できません。
重要なだけに、説明できないのが厄介なところというわけですが。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/02/12 18:18:17 PASS:

最近DIPSとFIPに興味を持ちまして調べている者です。
あまりBABIPと関係ないところで恐縮ですが、ご教示
いただけないでしょうか。

FIPについては、以下のページがその初出となっている
ようですが、これを見るとDIPSに着想を得たものではなく
独自の視点からFIPにたどり着いたように見えます。
http://www.tangotiger.net/drspectrum.html

その他 Tom Tango のサイトやen.wikipedia.orgでの
DIPSのまとめられ方を踏まえると、DIPSとFIPは似ては
いるが別物で、FIPがDIPSの一部というような見せ方は
間違っているんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。
# Defense independent という概念から見ればFIPもDIPSの
# 一部、といえなくもないのでしょうが・・・

到底専門的な質問ではないとは思いますが、ご教示いただければ
幸いです。

Posted by lucky at 2011/03/22 21:49:55 PASS:

>luckyさま

問題の部分は本文中の「DIPSの具体的な計算法はさまざまであるが、現在一般的なDIPSの計算式はFIP(Fielding Independent Pitching)と呼ばれる以下の守備から独立した防御率を表すものである」というところだと思いますので、これについての説明ということで書きます。

まず、私はここでの「DIPS」を、守備から独立して投手を定量的に評価するというアイデアおよびそれを実行する手法全般、手法の総称という意味合いで用いております。
その意味から言えばFIPをDIPSの一種と説明しても間違いではないと考えております。
元々のボロス・マクラッケンの計算と別のものであることは確かですから狭い意味で言えば区別すべきなのかもしれませんが、実質的に今のセイバーメトリクス界隈ではDIPSという用語が広い意味で用いられていると思います。
DIPSの意味は「特定の計算法」とも「そういう評価法全般」ともとれるので今のところはどちらの立場もありなのではないかと。
細かく言えば言葉足らずではあると思いますのでその点ではご指摘を多としたいと思います。

FIP開発の経緯については、細かい事実関係は確認しきれませんが
ボロス・マスラッケンがDIPSを発見したという話に対して独立してトム・タンゴが開発したという話は聞いたことはありませんし
トム・タンゴはボロス・マスラッケンの研究に基づき、それをシンプルに整理してFIPを生み出したのではないでしょうか。
DRSの記事自体DIPSが引き合いに出されていること、Conclusionなどを見るとDIPSを意識しているように見えますし
その他トム・タンゴ自身の発言を探してみると以下のようなものがネット上では見つけられます。

I also discussed the Defensive Responsibility Spectrum, which is nothing more than Voros' DIPS.
http://www.tangotiger.net/optrelief.html

FIP is a wonderfully simple stat, that owes its existence to DIPS.
http://www.insidethebook.com/ee/index.php/site/comments/tangos_lab_futurefip/

I’m definitely not looking for credit. What I did was simply DIPS-lite.
http://www.insidethebook.com/ee/index.php/site/comments/bill_james_online/#2

あるいはTangotiger.netのwikiなどを見ても、DIPSがFIP等の基礎をなす概念あるいは理論というような見方が受け入れられているように思いますがいかがでしょう。

FIP is based on the same concepts as DIPS: a pitcher's effectiveness can be largely described by his HR allowed, K, and BB. This concept is based on Voros McCracken's observation
http://www.tangotiger.net/wiki/index.php?title=FIP

DIPS led to a wave of other defense-independent ERA estimators, including FIP and tRA, which apply the theory of DIPS in different ways.
http://www.tangotiger.net/wiki/index.php?title=DIPS

Posted by 蛭川皓平 at 2011/03/23 10:15:51 PASS:

ご回答ありがとうございます。
前段については、なるほどやはりDIPSというのはそういう広い
意味で使われているのですね。わかりました。

後段については最初の引用ページが端的に物語っていますね・・・
自分の勉強不足で恐縮です。

Posted by lucky at 2011/03/24 00:02:21 PASS:
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