盗塁の損益分岐
岡田友輔 [ 著者コラム一覧 ]
盗塁は監督が試合を動かす有力な作戦になりますが、失敗のリスクは大きくやみくもに走れば良い訳ではありません。また、得点差やイニングなど試合の状況によって、盗塁を試みても良い割合は変化するはずです。今回は得点を多く取るという視点やチームが勝つ見込みを基にして盗塁の企図について考えていきましょう。
1.得点期待値&得点確率からの盗塁企図
最初に得点を増やすという視点から、盗塁の企図について考えていきます。監督が盗塁のサインを出す場合は、バッテリーの盗塁阻止率や走者の盗塁成功率が参考になると思われます。盗塁成功率の高い走者や阻止に難のあるバッテリーならば盗塁が企図される割合は高まるでしょう。
この状況をさらに一歩進めて、盗塁前の得点期待値と盗塁企図後の得点期待値を利用して、走者の見込まれる盗塁成功率と掛け合わせることで、盗塁を企図すべきかそうでないかを判断する一つの基準を作れます。下の表は盗塁前の得点期待値・プレー後の期待値・成功(失敗)した場合の利得(損失)を表しています(得点期待値は2004~2010年)。損益分岐とは得点期待値を基にした利得と損失がちょうど0になる点で、これよりも盗塁成功率が高ければ盗塁をする方が得点を多く見込めることになります。
基本的に盗塁は、成功の利得が少なく、失敗の損失が大きい作戦です。そのため成功率はかなり高い値が求められます。

次にどうしても1点が欲しい状況での盗塁について検討していきましょう。こういった状況は、1点取ればサヨナラ勝ち出来るケースなどが想定されます。1点を取るための戦術ならば、得点期待値よりも得点確率を基にして計算する方が適しています。下の表は得点期待値を得点確率に変えたものになります。
得点期待値を基準にした場合に比べ損得分岐が低くなる場合が多いようです。しかし、このような状況は年間でも限られ、盗塁企図の判断は試合を通じて得点を多く奪う視点となる盗塁期待値を基にした方が良い場合が多いでしょう。

盗塁の企図について得点期待値や得点確率を基に見ていくことは、長期的に得点を増やす(減らさない)一つの基準になると思われます。もちろん、盗塁を仕掛ける時にバッターボックスに立っている打者を考慮しなければなりませんが、走者の盗塁成功率のみを盗塁企図の基準にするよりも、良い判断が出来る割合が高まります。
2.得点期待値とは違ったアプローチ
得点期待値は盗塁を判断する上で基準となり得るものですが、得点状況やイニングを加味していないことに不満のある方がいるかもしれません。得点差やイニングを考慮した上で、盗塁企図について判断出来ないものでしょうか。
ここで登場するのが勝利期待値(Win Expectancy)です。これは、MLBでの先行研究を参考に、東海大学の鳥越先生とデータスタジアムでイニング・得点差・走者状況を考慮した状況別の勝率を求めたものになります。基本的な考え方はこちらのコラムを参考にしてください。
このデータを使用すれば、チームが勝つためにどのくらいの成功率が見込めれば、盗塁を企図して良いのか判断する基準になります。
下のグラフは同点の状況で無死一塁からの盗塁の損益分岐点を示しています。イニングが深まるごとに損益分岐点が下がっていくのがわかります。これは残りの攻撃回数が少なくなり、得点の重みが大きくなることが影響しています。ビジターチームの損益分岐点は常にホームチームよりも高くなっていますが、これはホームチームが半イニング多く攻撃する機会を持っているためです。同点からの緊迫した場面での盗塁死はかなりネガティブに捉えられますが、一定の盗塁成功率が見込めるのなら悪い選択ではないようです。

次にイニング別の盗塁価値についてみていきましょう。得点期待値でも利得の項目で表せていましたが、勝利期待値ならば、同じ走者状況でもイニング別でその利得を表すことが出来ます。下のグラフはイニング別に同点で無死一塁から盗塁した場合の利得を表したものです(単位はチームの勝率を上昇させた割合)。初回の盗塁に比べて9回の盗塁は4倍くらいの利得があります。もちろん、この状況から盗塁失敗をした場合は、回が進むごとに損失も大きくなります。

得点差の影響についても考えていきましょう。下のグラフは3回無死一塁からの盗塁の損益分岐点を表しています。ビハインド時の盗塁には高い成功率が求められ、リードが広がると、盗塁のハードルが下がります(感覚的に納得できるのではないでしょうか)。ここでもホームチームは攻撃回数が多いため、ビジターチームの盗塁成功率の損益分岐点よりも低いですが、イニングに比べるとその差は小さいようです。

得点価値についてはホームとビジターに差があります。ビジターチームは同点からの盗塁で利得が最も大きくなります。一方、ホームチームは1点ビハインドの状況からの盗塁で利得が最大になります。当然ですが、得点差が小さい(ない)方が盗塁の利得は大きくなります。

最後にイニングと得点差を考慮した盗塁成功率の損益分岐グラフです。ビジターチームは1回の攻撃時にビハインドの状況になることがないため、グラフが2回からスタートしています。


同点のケースについては先にふれましたが、イニングが進むごとに損益分岐が下がっていくのが特徴です。2点以上のビハインド時は基本的に高い盗塁成功率が必要になります。さらに、この状況ではイニングが進むごとに損益分岐のハードルが高くなっていきます。リードを奪っているケースは得点差でそれほど差が出ないようです。1点ビハインドはビジター・ホームともに変動の幅が最も小さくなります。
勝率期待値でも現在の打者の力を考慮していないのは課題になります。しかし、チームの勝利期待値も得点期待値と同様に、盗塁企図に関して有力な判断基準となりそうです。
3.得点環境の変化
得点期待値や勝利期待値を使うことで盗塁についてある程度合理的な判断を下すことが出来そうです。しかし、得点が入りにくくなった状況に適用するには注意が必要になりそうです。下の表は2004~2010年と今シーズン(6月13日現在)の得点期待値&得点確率になります。

2011年は2カ月程度のデータでしかありませんが、期待値・確率ともに変化があります。これがそのまま続くのかはわかりませんが、得点環境の激変で作戦の企図に関する基準も再考する必要があるかもしれません。参考までに、2011年ここまでの期待値・確率を基にした損益分岐を表したのが下の表です。


2010年以前と異なるケースがかなりあります。これが適正かどうかはシーズンが終わった段階での検証が必要になりそうです。
環境が変わってしまいましたが、基準を設けて盗塁の企図について判断していくのは長い目で見ると利得をもたらしそうです。今回のリポートは感覚と合致するところもあれば、そうでないケースもあると思いますが、判断材料の一つとして加味出来るのなら作戦について理解を深められるかもしれません。これまで多くのリポートがあったように、得点力の基本は出塁する力と走者を進塁させる力(長打力)になります。そのうえで作戦について考えるのが順番として正しいでしょう。
参考文献
Baseball Between the Numbers/Baseball Prospectus
1.得点期待値&得点確率からの盗塁企図
最初に得点を増やすという視点から、盗塁の企図について考えていきます。監督が盗塁のサインを出す場合は、バッテリーの盗塁阻止率や走者の盗塁成功率が参考になると思われます。盗塁成功率の高い走者や阻止に難のあるバッテリーならば盗塁が企図される割合は高まるでしょう。
この状況をさらに一歩進めて、盗塁前の得点期待値と盗塁企図後の得点期待値を利用して、走者の見込まれる盗塁成功率と掛け合わせることで、盗塁を企図すべきかそうでないかを判断する一つの基準を作れます。下の表は盗塁前の得点期待値・プレー後の期待値・成功(失敗)した場合の利得(損失)を表しています(得点期待値は2004~2010年)。損益分岐とは得点期待値を基にした利得と損失がちょうど0になる点で、これよりも盗塁成功率が高ければ盗塁をする方が得点を多く見込めることになります。
基本的に盗塁は、成功の利得が少なく、失敗の損失が大きい作戦です。そのため成功率はかなり高い値が求められます。

次にどうしても1点が欲しい状況での盗塁について検討していきましょう。こういった状況は、1点取ればサヨナラ勝ち出来るケースなどが想定されます。1点を取るための戦術ならば、得点期待値よりも得点確率を基にして計算する方が適しています。下の表は得点期待値を得点確率に変えたものになります。
得点期待値を基準にした場合に比べ損得分岐が低くなる場合が多いようです。しかし、このような状況は年間でも限られ、盗塁企図の判断は試合を通じて得点を多く奪う視点となる盗塁期待値を基にした方が良い場合が多いでしょう。

盗塁の企図について得点期待値や得点確率を基に見ていくことは、長期的に得点を増やす(減らさない)一つの基準になると思われます。もちろん、盗塁を仕掛ける時にバッターボックスに立っている打者を考慮しなければなりませんが、走者の盗塁成功率のみを盗塁企図の基準にするよりも、良い判断が出来る割合が高まります。
2.得点期待値とは違ったアプローチ
得点期待値は盗塁を判断する上で基準となり得るものですが、得点状況やイニングを加味していないことに不満のある方がいるかもしれません。得点差やイニングを考慮した上で、盗塁企図について判断出来ないものでしょうか。
ここで登場するのが勝利期待値(Win Expectancy)です。これは、MLBでの先行研究を参考に、東海大学の鳥越先生とデータスタジアムでイニング・得点差・走者状況を考慮した状況別の勝率を求めたものになります。基本的な考え方はこちらのコラムを参考にしてください。
このデータを使用すれば、チームが勝つためにどのくらいの成功率が見込めれば、盗塁を企図して良いのか判断する基準になります。
下のグラフは同点の状況で無死一塁からの盗塁の損益分岐点を示しています。イニングが深まるごとに損益分岐点が下がっていくのがわかります。これは残りの攻撃回数が少なくなり、得点の重みが大きくなることが影響しています。ビジターチームの損益分岐点は常にホームチームよりも高くなっていますが、これはホームチームが半イニング多く攻撃する機会を持っているためです。同点からの緊迫した場面での盗塁死はかなりネガティブに捉えられますが、一定の盗塁成功率が見込めるのなら悪い選択ではないようです。

次にイニング別の盗塁価値についてみていきましょう。得点期待値でも利得の項目で表せていましたが、勝利期待値ならば、同じ走者状況でもイニング別でその利得を表すことが出来ます。下のグラフはイニング別に同点で無死一塁から盗塁した場合の利得を表したものです(単位はチームの勝率を上昇させた割合)。初回の盗塁に比べて9回の盗塁は4倍くらいの利得があります。もちろん、この状況から盗塁失敗をした場合は、回が進むごとに損失も大きくなります。

得点差の影響についても考えていきましょう。下のグラフは3回無死一塁からの盗塁の損益分岐点を表しています。ビハインド時の盗塁には高い成功率が求められ、リードが広がると、盗塁のハードルが下がります(感覚的に納得できるのではないでしょうか)。ここでもホームチームは攻撃回数が多いため、ビジターチームの盗塁成功率の損益分岐点よりも低いですが、イニングに比べるとその差は小さいようです。

得点価値についてはホームとビジターに差があります。ビジターチームは同点からの盗塁で利得が最も大きくなります。一方、ホームチームは1点ビハインドの状況からの盗塁で利得が最大になります。当然ですが、得点差が小さい(ない)方が盗塁の利得は大きくなります。

最後にイニングと得点差を考慮した盗塁成功率の損益分岐グラフです。ビジターチームは1回の攻撃時にビハインドの状況になることがないため、グラフが2回からスタートしています。


同点のケースについては先にふれましたが、イニングが進むごとに損益分岐が下がっていくのが特徴です。2点以上のビハインド時は基本的に高い盗塁成功率が必要になります。さらに、この状況ではイニングが進むごとに損益分岐のハードルが高くなっていきます。リードを奪っているケースは得点差でそれほど差が出ないようです。1点ビハインドはビジター・ホームともに変動の幅が最も小さくなります。
勝率期待値でも現在の打者の力を考慮していないのは課題になります。しかし、チームの勝利期待値も得点期待値と同様に、盗塁企図に関して有力な判断基準となりそうです。
3.得点環境の変化
得点期待値や勝利期待値を使うことで盗塁についてある程度合理的な判断を下すことが出来そうです。しかし、得点が入りにくくなった状況に適用するには注意が必要になりそうです。下の表は2004~2010年と今シーズン(6月13日現在)の得点期待値&得点確率になります。

2011年は2カ月程度のデータでしかありませんが、期待値・確率ともに変化があります。これがそのまま続くのかはわかりませんが、得点環境の激変で作戦の企図に関する基準も再考する必要があるかもしれません。参考までに、2011年ここまでの期待値・確率を基にした損益分岐を表したのが下の表です。


2010年以前と異なるケースがかなりあります。これが適正かどうかはシーズンが終わった段階での検証が必要になりそうです。
環境が変わってしまいましたが、基準を設けて盗塁の企図について判断していくのは長い目で見ると利得をもたらしそうです。今回のリポートは感覚と合致するところもあれば、そうでないケースもあると思いますが、判断材料の一つとして加味出来るのなら作戦について理解を深められるかもしれません。これまで多くのリポートがあったように、得点力の基本は出塁する力と走者を進塁させる力(長打力)になります。そのうえで作戦について考えるのが順番として正しいでしょう。
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野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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