守備を得点換算で評価する
蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]
1.客観的に守備を評価する視点
野手の守備力を客観的かつ定量的に評価するということは、かつてはほとんど行われていないことだった。公的に用いられる守備の指標と言えば、守備率くらいしかなかったのである。しかし、定型的かつ言い尽くされた批判で恐縮だが、守備率は関与した機会のうち失策しなかった割合を表すものであり、失策という記録が主観的なものであることに加えて野手がどれだけ積極的にアウトを奪ったかということは評価に表れない。守備率を守備の評価とすることは筋道として妥当とは言ないだろう。
これに対して画期的な評価法を提示したのがセイバーメトリクスの祖、B・ジェイムズである。ジェイムズは野手がアウトにかかわった記録である刺殺および補殺の合計を出場イニング数で割ることで、出場機会においてどれだけ多くアウトを獲得したかという守備の積極的な貢献を評価する指標を作成した。これはRF(Range Factor)と呼ばれる。
RF=9×(刺殺+補殺)÷守備イニング
イニングあたりのアウト関与数の9イニング(1試合)換算だから、RFは1試合あたりで平均していくつアウトに関与したかを表す指標である。守備範囲が広く積極的にアウトをとる守備者はRFが高くなる。
野球の試合で勝つためには相手より自軍の得点が上回る必要があり、そのための守備側の仕事は相手の得点を防ぐことである。守備において野手は基本として周辺に飛んできた打球をアウトにして相手打者の出塁を防ぐことが役割だから、どれだけアウトを奪っているかを加点的に評価するRFは野球の理にかなった評価方法だと言るだろう。
また、どのようなプレーが失策になるかには記録員の恣意(しい)が介入されることが指摘されるのに対して、刺殺・補殺はアウトが記録された事実に基づき失策より客観的で明確に記録できる(アウトをとれなかったとして、それが失策なのか安打なのかという記録上の分類は野球の構造においては重要ではない。出塁は出塁である)。
指標を別にすると試合の観察による「肩が強い」「背走が速い」「捕ってから投げるまでが素早い」といった評価があるが、それらは主観的であいまいなだけでなく、プレーの内容はあくまでアウトを奪って失点を防ぐための手段なのであり、それ自体が成果とされるべきではないという問題を持っている。このような主観的観察で守備を評価することは、打率も何も用いずに「ヘッドスピードが速い」「内角球に対してうまくひじをたためる」などの観察によって打撃を評価することと同じであって、それは客観的に成果を現しているとは言い難い。打撃の評価に打率などさまざまな指標があるように、守備にも指標が要請されることは自然である。
2.RFの問題点
とはいえジェイムズのRFはあくまで基礎の枠組みであって、それをそのまま守備の評価に用いることには現在では多くの批判が存在する。守備の貢献を客観的・合理的に評価しようという理念からすると、RFの計算式はいくつもの問題点を抱えているのである。
例えば、投手の投球内容に影響を受けることは容易に想像できる。奪三振の多い投手であれば自然と野手のRFは下がってしまうし、ゴロを多く打たせる傾向の投手が投げれば内野手が有利になる。また左投手の多いチームなら対戦するのは右打者が多くなるため、三塁手や遊撃手など左方向の野手に打球が飛んできやすくなる。これらは野手の守備力とは関係のない要素であって、それによって指標の高低が影響されるのは好ましくない。
またRFの分母である守備イニング数は出場中のチーム全体のアウトだと言い換えられるためRFとはチーム内のアウトのシェアであり、本質的には、RFは相手の安打を防ぐという守備の仕事を図式化してはいない。
ただし、シーズン全体を見れば登板する投手や対戦打者は多種多様であり、打球の分布は平均化されていくと仮定すれば、RFは実質的にはある程度機能する指標である。考え得る問題点によって指標にどの程度ノイズが入るのかを定量的に把握せず批判することは建設的とは言ない(RFが抱える問題点の影響は大きいかもしれないし、小さいかもしれない)。このことには注意が必要である。
3.改良された守備指標の構築
RFに問題点があるということは、言い換えればそれを解決すればより良い指標が得られるということである。RFの改良はジェイムズ自身によるRRF(Relative Range Factor)を含め多くの研究がなされている。以下ではそのような試みの中にもうひとつ指標を投げ込んでみたい。日本で得られるデータを活用してRFよりは幾分かマシと思われる改良版守備指標の作成を試みるということである。なお、守備のデータ評価という意味では米国において以前より抜本的な改善策が実践されているのであるが、そのことについては後述する。
このような試みをしようと思った動機は、このBaseball Labが開設されるにあたり、これまで日本では詳細なデータが得られなかった野手個人の守備イニング数やチームが許したゴロの数などが利用可能になったためである。
さて、守備の成果を意味のとりやすい解析結果として出力しようとすると、Batting Runsなどと同じように得点の形で表すことが有効である。このためには a.対象選手が記録したアウト獲得数 b.対象選手と同じ機会をリーグの平均的な守備者が与えられた場合に得られるであろうアウト獲得数 c.[a]と[b]の差が得点の意味でどれだけの価値があると評価できるか という3つの要素を計算する必要がある。それぞれ順を追って考えてみる。
a.対象選手が記録したアウト獲得数
これについて基本的にさほど難しい点はないが、内野手は注意が必要である。内野手が記録する補殺はほとんどがゴロを処理したものでその野手の貢献とみなして問題がないと思われる一方、刺殺については疑問が残る。刺殺とは直接アウトを成立させた者に記録されるものだが、送球を受けただけの刺殺はむしろ補殺者にその分の貢献が与えられるべきと考えられるし、内野フライはほぼすべてのケースでアウト、ライナーはほとんどヒットであり、それらの捕球の多さについては「たまたま自分のところに飛んできた機会が多いか少ないか」が要因として大きな割合を占めると思われ、守備力の評価としては問題がある。従ってここでは内野手の評価に刺殺は含めないことにする。刺殺を無視することにも問題はあるが、含めるほうがノイズは大きくなると判断した。
外野手についてはプレーのほとんどがフライの捕球(刺殺)であり、これを個人が記録したアウト数とすることに問題はない。外野手の補殺はレアケースであり扱いが微妙なためこちらは評価に含めないことにする。
b.対象選手と同じ機会をリーグの平均的な守備者が与えられた場合に得られるであろうアウト獲得数
技術的にはこの[b]が最も難しい。ここではシンプルに、内野手は守備中に飛んできたゴロ打球が機会であり、外野手はフライが機会であるとする。そしてそれに対象の守備位置がアウトを獲得する割合の平均を掛け算したものが平均的プレーヤーによって記録されるであろうアウト数の見積もりである。さらに左投手が多いかどうかの影響が顕著に出ているように見受けられる内野手についてはそのことに関する補正も行う。
言葉だけの説明ではわかりにくいので実際に計算例を示す。例えば広島カープは全体で2083のゴロを打たれており、遊撃手の梵英心(ゴールデングラブ賞遊撃手)はチームの守備イニングの99.8%に出場しているから、2083の99.8%である2079のゴロを機会(打者で言えば打席数)として得たと見積もることができる。
そしてゴロに対してリーグのショートが記録する補殺の割合の平均は21.5%だから、2079の21.5%すなわち447が、平均的水準に期待される補殺である。さらに、広島は左投手によるボールインプレー(本塁打を除く打球)が平均的な割合の場合に比べて561多く、これは統計的に見て遊撃手の補殺を(梵の出場機会分であれば)11ほど増やす傾向がある。結局、投手の右/左の偏りも考慮すると458が梵と同じ出場機会を与えられた場合にリーグの平均的遊撃手が獲得する補殺と計算される。これらの計算は同じ考え方で他の守備位置にも適用することができる(このようは評価の馴染(なじ)まない投手・捕手・一塁手を除く)。
比較してみると、梵が記録した補殺は462だから、同じ機会で平均的遊撃手が記録する458に比べて4つほど多くアウトをとったと評価できる。すなわち、この評価方法において梵は平均より優れた遊撃手だということである。
内野手が関与可能な打球に対象を絞ったこの計算過程により、投手の奪三振が多いと不利になるとか、フライを打たせる投手だと内野手が不利になるといったRFの問題点には補正が施されたことになり、より適切な守備力の評価に近づいたと考えられる。
c.[a]と[b]の差が得点の意味でどれだけの価値があると評価できるか
平均に比べて4つ多くアウトを獲得したということは、どれだけの価値があるのか。これは得点期待値の研究から割り出すことができる。出塁を防いでアウトカウントを増やすことの一般的な得点価値は内野手では0.72、外野手では0.84程度である。内野と外野で異なるのは外野への打球はアウトにできなければ長打になり大きな損害を被る可能性が高いため。この数字をプレー数に掛けると、最終的な評価(ここでは守備得点とする)が算出される。
守備得点=得点価値×(アウト獲得数-同じ機会における平均的アウト獲得数)
ここで求められた守備得点の意味は「同じ出場機会をリーグの平均的な守備者がプレーする場合に比べてどれだけチームの失点を減らしたか」というものである。これは意味としてはBatting Runsの守備版と言る。梵の数値は3であり、平均的守備者に比べて失点を3防いだと評価できる。意外に地味な数字であるかもしれない。守備の得点化は一般的に打撃のそれよりも数字のスケールが小さく、セイバーメトリクスにおいて守備の持つ影響力は打撃に比べて小さいと言われるゆえんでもある。
4.守備位置ごとの結果
上記のような計算をセ・パ両リーグの、投手・捕手・一塁手を除くすべての守備位置について行った(規定:300イニング以上)。掲載しているのはひとつの結果であり、今回の計算法では排除できていないバイアス(統計上の偏り)もいくらかあると思われるし、守備の統計は一般にサンプルサイズが大きくないと運による誤差が大きいので各選手の真の能力とみなすにはできれば長い目で見るのが望ましいことなどに注意していただきたい。少ないイニング数の選手が大きな数字を出している場合もあるが、それらは実態としてはもっと平均に近い数字であると見積もっておくことが無難である。そういった注意を踏まえた上で、守備の評価を考える際の参考となれば幸いである。
5.おわりに
結果を見て、なかなか信用し難い評価だと感じる部分も多いかもしれない。その理由はひとつには指標の不備が、ひとつにはサンプルサイズの不足があるであろうが、数年の経過を見ると一般的に名手と言われる選手は優れたスコアを出す場合が多いことも一面の事実である。一方で数年を経てもやはり世評と数字が食い違うこともあり、そのようなケースについては実は主観的な評価が何かを見誤っている可能性があることを示唆しているのかもしれない。
セイバーメトリクスの基本のひとつはあいまいな主観に対する懐疑であり、主観的な評価と食い違うということだけを理由に指標の有効性を退けることはナンセンスである。指標の結果がすべてとは決して言ないが、だからといって主観的な評価が適正であると論証することも難しい。大切なのはそれぞれの長所と短所を考慮した上で両者を統合することである。
ところで、途中で少し触れたが米国においては守備のプレーひとつひとつをデータ専門会社のスタッフがビデオから記録し、特定の守備者の責任となる守備範囲にどのような打球がどれだけ飛んだか、そのうちどれだけを処理したかなどを精密に記録し評価する指標が構築されている。UZRやDRSなどと呼ばれるのがそれである。
RFのような評価では特定の守備者の周辺に打球が飛んでくるかどうかは運の要素が大きいため指標の結果にノイズが大きく混じるが、先進的な指標ではそういった問題が回避されかなり公正な守備力の比較が可能となっている。
それらに比べれば今回のような指標は正確さで劣ると考えられるし、わざわざこの種の評価手法について語るのはある意味「古い」のかもしれない。しかしUZRなどの手の込んだ指標もある面では恣意(しい)的な要素が介入する危険もあり、少し異なる見方を保持しておくことは客観的な評価を考える上では有効だと思われるのである。また、UZRなどが近年のテクノロジーであるのに対し今回のような計算式であれば多少の誤差に目をつぶれば往年の選手にさかのぼって算出することも可能である。
これまで主観的な評価が主流であった守備についてもひとつの目安・ものさしとして評価指標が浸透していけば、野球を楽しむ視点はより豊かになると考えている。
野手の守備力を客観的かつ定量的に評価するということは、かつてはほとんど行われていないことだった。公的に用いられる守備の指標と言えば、守備率くらいしかなかったのである。しかし、定型的かつ言い尽くされた批判で恐縮だが、守備率は関与した機会のうち失策しなかった割合を表すものであり、失策という記録が主観的なものであることに加えて野手がどれだけ積極的にアウトを奪ったかということは評価に表れない。守備率を守備の評価とすることは筋道として妥当とは言ないだろう。
これに対して画期的な評価法を提示したのがセイバーメトリクスの祖、B・ジェイムズである。ジェイムズは野手がアウトにかかわった記録である刺殺および補殺の合計を出場イニング数で割ることで、出場機会においてどれだけ多くアウトを獲得したかという守備の積極的な貢献を評価する指標を作成した。これはRF(Range Factor)と呼ばれる。
RF=9×(刺殺+補殺)÷守備イニング
イニングあたりのアウト関与数の9イニング(1試合)換算だから、RFは1試合あたりで平均していくつアウトに関与したかを表す指標である。守備範囲が広く積極的にアウトをとる守備者はRFが高くなる。
野球の試合で勝つためには相手より自軍の得点が上回る必要があり、そのための守備側の仕事は相手の得点を防ぐことである。守備において野手は基本として周辺に飛んできた打球をアウトにして相手打者の出塁を防ぐことが役割だから、どれだけアウトを奪っているかを加点的に評価するRFは野球の理にかなった評価方法だと言るだろう。
また、どのようなプレーが失策になるかには記録員の恣意(しい)が介入されることが指摘されるのに対して、刺殺・補殺はアウトが記録された事実に基づき失策より客観的で明確に記録できる(アウトをとれなかったとして、それが失策なのか安打なのかという記録上の分類は野球の構造においては重要ではない。出塁は出塁である)。
指標を別にすると試合の観察による「肩が強い」「背走が速い」「捕ってから投げるまでが素早い」といった評価があるが、それらは主観的であいまいなだけでなく、プレーの内容はあくまでアウトを奪って失点を防ぐための手段なのであり、それ自体が成果とされるべきではないという問題を持っている。このような主観的観察で守備を評価することは、打率も何も用いずに「ヘッドスピードが速い」「内角球に対してうまくひじをたためる」などの観察によって打撃を評価することと同じであって、それは客観的に成果を現しているとは言い難い。打撃の評価に打率などさまざまな指標があるように、守備にも指標が要請されることは自然である。
2.RFの問題点
とはいえジェイムズのRFはあくまで基礎の枠組みであって、それをそのまま守備の評価に用いることには現在では多くの批判が存在する。守備の貢献を客観的・合理的に評価しようという理念からすると、RFの計算式はいくつもの問題点を抱えているのである。
例えば、投手の投球内容に影響を受けることは容易に想像できる。奪三振の多い投手であれば自然と野手のRFは下がってしまうし、ゴロを多く打たせる傾向の投手が投げれば内野手が有利になる。また左投手の多いチームなら対戦するのは右打者が多くなるため、三塁手や遊撃手など左方向の野手に打球が飛んできやすくなる。これらは野手の守備力とは関係のない要素であって、それによって指標の高低が影響されるのは好ましくない。
またRFの分母である守備イニング数は出場中のチーム全体のアウトだと言い換えられるためRFとはチーム内のアウトのシェアであり、本質的には、RFは相手の安打を防ぐという守備の仕事を図式化してはいない。
ただし、シーズン全体を見れば登板する投手や対戦打者は多種多様であり、打球の分布は平均化されていくと仮定すれば、RFは実質的にはある程度機能する指標である。考え得る問題点によって指標にどの程度ノイズが入るのかを定量的に把握せず批判することは建設的とは言ない(RFが抱える問題点の影響は大きいかもしれないし、小さいかもしれない)。このことには注意が必要である。
3.改良された守備指標の構築
RFに問題点があるということは、言い換えればそれを解決すればより良い指標が得られるということである。RFの改良はジェイムズ自身によるRRF(Relative Range Factor)を含め多くの研究がなされている。以下ではそのような試みの中にもうひとつ指標を投げ込んでみたい。日本で得られるデータを活用してRFよりは幾分かマシと思われる改良版守備指標の作成を試みるということである。なお、守備のデータ評価という意味では米国において以前より抜本的な改善策が実践されているのであるが、そのことについては後述する。
このような試みをしようと思った動機は、このBaseball Labが開設されるにあたり、これまで日本では詳細なデータが得られなかった野手個人の守備イニング数やチームが許したゴロの数などが利用可能になったためである。
さて、守備の成果を意味のとりやすい解析結果として出力しようとすると、Batting Runsなどと同じように得点の形で表すことが有効である。このためには a.対象選手が記録したアウト獲得数 b.対象選手と同じ機会をリーグの平均的な守備者が与えられた場合に得られるであろうアウト獲得数 c.[a]と[b]の差が得点の意味でどれだけの価値があると評価できるか という3つの要素を計算する必要がある。それぞれ順を追って考えてみる。
a.対象選手が記録したアウト獲得数
これについて基本的にさほど難しい点はないが、内野手は注意が必要である。内野手が記録する補殺はほとんどがゴロを処理したものでその野手の貢献とみなして問題がないと思われる一方、刺殺については疑問が残る。刺殺とは直接アウトを成立させた者に記録されるものだが、送球を受けただけの刺殺はむしろ補殺者にその分の貢献が与えられるべきと考えられるし、内野フライはほぼすべてのケースでアウト、ライナーはほとんどヒットであり、それらの捕球の多さについては「たまたま自分のところに飛んできた機会が多いか少ないか」が要因として大きな割合を占めると思われ、守備力の評価としては問題がある。従ってここでは内野手の評価に刺殺は含めないことにする。刺殺を無視することにも問題はあるが、含めるほうがノイズは大きくなると判断した。
外野手についてはプレーのほとんどがフライの捕球(刺殺)であり、これを個人が記録したアウト数とすることに問題はない。外野手の補殺はレアケースであり扱いが微妙なためこちらは評価に含めないことにする。
b.対象選手と同じ機会をリーグの平均的な守備者が与えられた場合に得られるであろうアウト獲得数
技術的にはこの[b]が最も難しい。ここではシンプルに、内野手は守備中に飛んできたゴロ打球が機会であり、外野手はフライが機会であるとする。そしてそれに対象の守備位置がアウトを獲得する割合の平均を掛け算したものが平均的プレーヤーによって記録されるであろうアウト数の見積もりである。さらに左投手が多いかどうかの影響が顕著に出ているように見受けられる内野手についてはそのことに関する補正も行う。
言葉だけの説明ではわかりにくいので実際に計算例を示す。例えば広島カープは全体で2083のゴロを打たれており、遊撃手の梵英心(ゴールデングラブ賞遊撃手)はチームの守備イニングの99.8%に出場しているから、2083の99.8%である2079のゴロを機会(打者で言えば打席数)として得たと見積もることができる。
そしてゴロに対してリーグのショートが記録する補殺の割合の平均は21.5%だから、2079の21.5%すなわち447が、平均的水準に期待される補殺である。さらに、広島は左投手によるボールインプレー(本塁打を除く打球)が平均的な割合の場合に比べて561多く、これは統計的に見て遊撃手の補殺を(梵の出場機会分であれば)11ほど増やす傾向がある。結局、投手の右/左の偏りも考慮すると458が梵と同じ出場機会を与えられた場合にリーグの平均的遊撃手が獲得する補殺と計算される。これらの計算は同じ考え方で他の守備位置にも適用することができる(このようは評価の馴染(なじ)まない投手・捕手・一塁手を除く)。
比較してみると、梵が記録した補殺は462だから、同じ機会で平均的遊撃手が記録する458に比べて4つほど多くアウトをとったと評価できる。すなわち、この評価方法において梵は平均より優れた遊撃手だということである。
内野手が関与可能な打球に対象を絞ったこの計算過程により、投手の奪三振が多いと不利になるとか、フライを打たせる投手だと内野手が不利になるといったRFの問題点には補正が施されたことになり、より適切な守備力の評価に近づいたと考えられる。
c.[a]と[b]の差が得点の意味でどれだけの価値があると評価できるか
平均に比べて4つ多くアウトを獲得したということは、どれだけの価値があるのか。これは得点期待値の研究から割り出すことができる。出塁を防いでアウトカウントを増やすことの一般的な得点価値は内野手では0.72、外野手では0.84程度である。内野と外野で異なるのは外野への打球はアウトにできなければ長打になり大きな損害を被る可能性が高いため。この数字をプレー数に掛けると、最終的な評価(ここでは守備得点とする)が算出される。
守備得点=得点価値×(アウト獲得数-同じ機会における平均的アウト獲得数)
ここで求められた守備得点の意味は「同じ出場機会をリーグの平均的な守備者がプレーする場合に比べてどれだけチームの失点を減らしたか」というものである。これは意味としてはBatting Runsの守備版と言る。梵の数値は3であり、平均的守備者に比べて失点を3防いだと評価できる。意外に地味な数字であるかもしれない。守備の得点化は一般的に打撃のそれよりも数字のスケールが小さく、セイバーメトリクスにおいて守備の持つ影響力は打撃に比べて小さいと言われるゆえんでもある。
4.守備位置ごとの結果
上記のような計算をセ・パ両リーグの、投手・捕手・一塁手を除くすべての守備位置について行った(規定:300イニング以上)。掲載しているのはひとつの結果であり、今回の計算法では排除できていないバイアス(統計上の偏り)もいくらかあると思われるし、守備の統計は一般にサンプルサイズが大きくないと運による誤差が大きいので各選手の真の能力とみなすにはできれば長い目で見るのが望ましいことなどに注意していただきたい。少ないイニング数の選手が大きな数字を出している場合もあるが、それらは実態としてはもっと平均に近い数字であると見積もっておくことが無難である。そういった注意を踏まえた上で、守備の評価を考える際の参考となれば幸いである。
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | B | 2B | カスティーヨ | 896 | 21 |
セ | S | 2B | 田中 浩康 | 1238 | 19 |
セ | D | 2B | 堂上 直倫 | 654 | 3 |
セ | T | 2B | 平野 恵一 | 963 | 3 |
セ | C | 2B | 東出 輝裕 | 948 | -7 |
セ | G | 2B | 脇谷 亮太 | 567 | -9 |
セ | G | 2B | エドガー | 459 | -9 |
セ | D | 2B | 井端 弘和 | 366 | -13 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | D | 3B | 森野 将彦 | 1230 | 32 |
セ | G | 3B | 小笠原 道大 | 795 | 10 |
セ | C | 3B | 石井 琢朗 | 311 | 6 |
セ | G | 3B | 脇谷 亮太 | 437 | -5 |
セ | S | 3B | 宮本 慎也 | 1038 | -6 |
セ | T | 3B | 新井 貴浩 | 1283 | -6 |
セ | C | 3B | 栗原 健太 | 374 | -9 |
セ | B | 3B | 村田 修一 | 1250 | -12 |
セ | C | 3B | 小窪 哲也 | 503 | -15 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | T | SS | 鳥谷 敬 | 1235 | 28 |
セ | C | SS | 梵 英心 | 1277 | 3 |
セ | G | SS | 坂本 勇人 | 1279 | 1 |
セ | S | SS | 藤本 敦士 | 485 | -6 |
セ | B | SS | 石川 雄洋 | 1013 | -7 |
セ | D | SS | 荒木 雅博 | 1165 | -8 |
セ | S | SS | 川端 慎吾 | 414 | -11 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | D | LF | 和田 一浩 | 1163 | 15 |
セ | C | LF | 嶋 重宣 | 581 | 15 |
セ | S | LF | 福地 寿樹 | 467 | 10 |
セ | S | LF | 飯原 誉士 | 364 | 6 |
セ | T | LF | マートン | 324 | 6 |
セ | S | LF | 畠山 和洋 | 317 | -6 |
セ | T | LF | 金本 知憲 | 535 | -11 |
セ | B | LF | スレッジ | 963 | -21 |
セ | G | LF | ラミレス | 1039 | -29 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | C | CF | 赤松 真人 | 507 | 12 |
セ | G | CF | 長野 久義 | 393 | 6 |
セ | T | CF | 浅井 良 | 370 | 5 |
セ | C | CF | 天谷 宗一郎 | 642 | 0 |
セ | D | CF | 大島 洋平 | 735 | 0 |
セ | S | CF | 青木 宣親 | 1265 | -2 |
セ | G | CF | 松本 哲也 | 667 | -3 |
セ | T | CF | マートン | 563 | -11 |
セ | B | CF | 下園 辰哉 | 473 | -11 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
セ | C | RF | 廣瀬 純 | 1102 | 23 |
セ | T | RF | 桜井 広大 | 543 | 22 |
セ | D | RF | 野本 圭 | 451 | 7 |
セ | G | RF | 長野 久義 | 508 | 1 |
セ | S | RF | 飯原 誉士 | 615 | -5 |
セ | B | RF | 内川 聖一 | 631 | -6 |
セ | T | RF | マートン | 371 | -11 |
セ | S | RF | ガイエル | 546 | -26 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | F | 2B | 田中 賢介 | 1273 | 21 |
パ | L | 2B | 片岡 易之 | 1198 | 18 |
パ | H | 2B | 本多 雄一 | 1287 | 16 |
パ | E | 2B | 高須 洋介 | 815 | 5 |
パ | Bs | 2B | 後藤 光尊 | 1255 | -19 |
パ | M | 2B | 井口 資仁 | 1269 | -27 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | E | 3B | 草野 大輔 | 330 | 13 |
パ | M | 3B | 今江 敏晃 | 1204 | 9 |
パ | H | 3B | 松田 宣浩 | 889 | 8 |
パ | L | 3B | 原 拓也 | 363 | 3 |
パ | L | 3B | 阿部 真宏 | 305 | -1 |
パ | E | 3B | 中村 紀洋 | 814 | -2 |
パ | F | 3B | 小谷野 栄一 | 1248 | -7 |
パ | L | 3B | 中村 剛也 | 385 | -7 |
パ | Bs | 3B | バルディリス | 928 | -9 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | F | SS | 飯山 裕志 | 399 | 22 |
パ | F | SS | 金子 誠 | 658 | 21 |
パ | M | SS | 西岡 剛 | 1289 | 4 |
パ | Bs | SS | 大引 啓次 | 644 | -2 |
パ | Bs | SS | 山崎 浩司 | 466 | -3 |
パ | E | SS | 渡辺 直人 | 917 | -9 |
パ | H | SS | 川崎 宗則 | 1292 | -14 |
パ | L | SS | 中島 裕之 | 1138 | -19 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | Bs | LF | T-岡田 | 787 | 20 |
パ | E | LF | リンデン | 371 | 6 |
パ | L | LF | G.G.佐藤 | 334 | 0 |
パ | M | LF | 大松 尚逸 | 1215 | 0 |
パ | F | LF | 森本 稀哲 | 938 | 0 |
パ | E | LF | 草野 大輔 | 307 | -8 |
パ | H | LF | オーティズ | 566 | -13 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | F | CF | 糸井 嘉男 | 1203 | 20 |
パ | E | CF | 聖澤 諒 | 1112 | 11 |
パ | H | CF | 長谷川 勇也 | 996 | 9 |
パ | M | CF | 岡田 幸文 | 402 | 2 |
パ | M | CF | 荻野 貴司 | 404 | -7 |
パ | M | CF | 清田 育宏 | 330 | -8 |
パ | Bs | CF | 坂口 智隆 | 1183 | -9 |
パ | L | CF | 栗山 巧 | 1277 | -9 |
リーグ | 球団 | 守備位置 | 選手 | イニング | 守備得点 |
パ | F | RF | 陽 岱鋼 | 498 | -2 |
パ | Bs | RF | 赤田 将吾 | 546 | -2 |
パ | L | RF | 高山 久 | 897 | -3 |
パ | H | RF | 多村 仁志 | 1131 | -3 |
パ | E | RF | 鉄平 | 951 | -6 |
パ | M | RF | サブロー | 944 | -9 |
パ | F | RF | 稲葉 篤紀 | 686 | -12 |
5.おわりに
結果を見て、なかなか信用し難い評価だと感じる部分も多いかもしれない。その理由はひとつには指標の不備が、ひとつにはサンプルサイズの不足があるであろうが、数年の経過を見ると一般的に名手と言われる選手は優れたスコアを出す場合が多いことも一面の事実である。一方で数年を経てもやはり世評と数字が食い違うこともあり、そのようなケースについては実は主観的な評価が何かを見誤っている可能性があることを示唆しているのかもしれない。
セイバーメトリクスの基本のひとつはあいまいな主観に対する懐疑であり、主観的な評価と食い違うということだけを理由に指標の有効性を退けることはナンセンスである。指標の結果がすべてとは決して言ないが、だからといって主観的な評価が適正であると論証することも難しい。大切なのはそれぞれの長所と短所を考慮した上で両者を統合することである。
ところで、途中で少し触れたが米国においては守備のプレーひとつひとつをデータ専門会社のスタッフがビデオから記録し、特定の守備者の責任となる守備範囲にどのような打球がどれだけ飛んだか、そのうちどれだけを処理したかなどを精密に記録し評価する指標が構築されている。UZRやDRSなどと呼ばれるのがそれである。
RFのような評価では特定の守備者の周辺に打球が飛んでくるかどうかは運の要素が大きいため指標の結果にノイズが大きく混じるが、先進的な指標ではそういった問題が回避されかなり公正な守備力の比較が可能となっている。
それらに比べれば今回のような指標は正確さで劣ると考えられるし、わざわざこの種の評価手法について語るのはある意味「古い」のかもしれない。しかしUZRなどの手の込んだ指標もある面では恣意(しい)的な要素が介入する危険もあり、少し異なる見方を保持しておくことは客観的な評価を考える上では有効だと思われるのである。また、UZRなどが近年のテクノロジーであるのに対し今回のような計算式であれば多少の誤差に目をつぶれば往年の選手にさかのぼって算出することも可能である。
これまで主観的な評価が主流であった守備についてもひとつの目安・ものさしとして評価指標が浸透していけば、野球を楽しむ視点はより豊かになると考えている。
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Baseball Lab「Archives」では2010~2011年にかけてラボ内で行われた「セイバーメトリクス」のコンテンツを公開しております。
野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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