落合博満と野球殿堂
岡田友輔 [ 著者コラム一覧 ]
2010年12月7日財団法人日本体育博物館が「平成23年 第51回競技者表彰委員会 野球殿堂入り候補者名簿」を発表しました。そして明日22日が殿堂入り選手投票の締め切りになっています。殿堂入りはプレーヤー表彰なら、現役を引退したプロ野球選手で、引退後5年以上経過した人。その後15年間が選考対象となります。野球報道に関して15年以上の経験を持つ委員(約300人)が投票。75%以上得票した人が殿堂入りする仕組みになっています。
(財団法人日本体育博物館ホームページ(HP)より)
http://www.baseball-museum.or.jp/baseball_hallo/summary/index.html
1.これまでの殿堂入り選手
これまで競技者表彰で選出されたのは76名。その内容は選手としての成績だけでなく監督・コーチ時代の成績(西本幸雄・近藤貞夫・根本陸男・上田利治・牧野茂)等やアマチュアのみの功績で選出されるケースもあったようです。ただ、2008年以降は明確にプレーヤー部門として評価を切り分け、選手時代の活躍が反映されやすい選出要綱になっています。競技者表彰は「プレーヤー表彰」と、「エキスパート表彰」の2部門で選出されます。今回は現役時代の成績がより反映されるプレーヤー表彰に絞って話を進めていきます。
過去の選手はどれくらいの成績を残すと殿堂入りするのに十分な成績と言えるのでしょうか。選手時代の成績で評価されたであろう殿堂入り選手をまとめ、その基準がどのくらいにあるのか見ていきましょう。今回は成績が比較しやすい2リーグ制以降に現役時代の大半を過ごした人を対象にしています。
打撃成績や投手成績は同一年度の成績を比較するには有効ですが、年度やリーグを跨(また)いで選手を比較する事に適していません。今回は以前紹介したWin Shares(その時代の環境などを考慮し、選手の活躍を勝利に貢献した値)やVORP(ポジション毎の控え選手レベルに比べどれだけ得点を上乗せしたか【失点を減らしたか】を示す指標)で殿堂入り選手や候補者たちを見ていきましょう。
なぜこの二つの指標を選んだのかというと、Win Sharesは打撃や投手成績に比べ、時代の特性・環境の違い(野球の質や球場・ボールの違いなど)を修正し、投手と野手を同じ土俵で比べられるからです。勝敗への貢献なので年代の違う選手の比較も可能になります。殿堂選手を評価するには有効な指標と言えるでしょう。VORPは打者評価だと攻撃のみになってしまいますが、ポジション毎に求められる打撃レベルを考慮している点が優れています。例えば捕手と一塁手は求められる打撃力に大きな差があります。同じ打撃成績でもポジションの違いがあれば価値は変わります。VORPはこの差を考慮して選手を評価できるので項目に加えています(投手でも先発とリリーフの違いを考慮して失点を抑えた働きを評価しています)。
下の表は選手成績を評価され殿堂入りしたと予想される選手になります。広岡達朗・藤田元司・古葉竹識・関根潤三・森祇晶氏らは選手・監督の成績を合わせた形で評価されたと考え、純粋に選手の成績だけでの評価とは考えない事にします。

最初に殿堂入りした打者の成績を見ていきましょう。WSやVORPで最も数字が良いのは王貞治氏になります。750WS・1315.2VORP(一塁の控え選手に比べ1315得点を上乗せさせた)で他を圧倒する内容です。そのあとに野村克也・張本勲・長嶋茂雄・山内一弘・山本浩二とそうそうたる顔ぶれが続きます。攻撃的なポジションの打者だと300WS、400VORPくらいの貢献が無いとなかなか殿堂入りするのは難しいようです(守備的なポジションではもう少し数字が低くなるようです)。

続いて投手の成績を見てみましょう。400勝投手金田正一の貢献が最も高いようです。そのあとに小山正明・稲尾和久・鈴木啓示といった名投手たちが続いています。投手では殿堂入りに250WS、400VORP程度の貢献は必要になりそうです。
2.候補選手の勝利貢献
それでは今回の殿堂入り候補者のWin SharesやVORPはどの程度でしょうか。まずは前年までに資格を取得した候補者(21名)の成績を見ていきましょう。残年数は殿堂入り投票の権利を有する残りの年、得票数は過去4年間の殿堂入りの投票数になります。


21名の成績を見ると落合博満氏が圧倒的な数字を残しています。この貢献は殿堂入り選手を対象にしても、山内一弘氏に匹敵するもので一級品の数字である事が分かります。 三冠王を三度獲得した落合氏だけに当然と言えるかもしれませんが、活躍を勝利への貢献としてみた場合でもNPB史上屈指の選手であった事は間違いないようです。
それでは新たに殿堂入りの条件を満たした選手たちの値はどうなっているのでしょう。今回殿堂入り投票に10名の新たな候補者が加わります。西武の黄金時代を支えた石毛宏典氏や走攻守で高い能力を発揮した松永浩美氏などが有力候補と言えそうです。


しかし、上の表を見ると今回の10名の新候補者は落合氏の数字には遠く及ばず、殿堂入りの脅威とはなりえないでしょう。殿堂入り候補者はいずれも名プレーヤーである事に間違いはありませんが、落合氏に比肩しうる存在はいないとほぼ断言できる差があるようです。
3.落合博満の影響力
もうひとつ落合氏の力が垣間見えるデータを見てみましょう。下の表は各年代で最もWin Sharesが高かった選手になります。これはその時代に最も影響力のあった選手と言い換える事も出来ます。

1950年代は登板回数や投球イニングが現在の運用とは異なるため、一人の投手の影響が大きい時代でした。金田正一氏はNPB唯一の400勝投手としてその力を存分に発揮し、この時代を支配していました。
60年代・70年代を支配したのは王貞治氏です。勝利への貢献は圧倒的で野村克也・張本勲・長嶋茂雄などそうそうたる顔ぶれを抑え、2つのディケード(10年間)を支配するという離れ業となっています(MLBでもWin Sharesで2つのディケードを支配した選手はいません)。王貞治の貢献と驚くべき持続力は別次元と言えます。
80年代は今回の殿堂入り候補・落合博満氏です。王氏には及びませんが、その期間の影響力は金田投手と同じくらい大きいものがあります。他の年代と比べても影響力の大きさが分かります。
90年代は古田氏、00年代は僅差で阪神の金本選手が10年で最も勝利に貢献した選手となっています。古田・金本といずれも殿堂入りに異を唱(とな)える選手ではないでしょう。
4.殿堂入りの基準
落合博満氏は勝利への貢献という視点でもNPBで傑出したプレーヤーであった事は間違いないでしょう。2008年にプレーヤー選出という部門を設けながら、3年連続で落合氏が選出されない事態は異常というよりほかありません。もちろん、その期間に選出された殿堂入り選手に異を唱(とな)えるつもりはありませんが、プレーヤーとして落合氏が3年連続で落選するのは選出側にあきらかに問題があるとデータの面からは言えそうです。落合氏の成績なら殿堂入りの可否よりも、「満票で選出されるか?」と注目される方が正常でしょう。
「平成23年 野球殿堂入り」は2011年1月14日(金)に発表されます。今回は候補者の選出と同時に野球殿堂側が選手を評価しうるのか問われている側面もありそうです。
(財団法人日本体育博物館ホームページ(HP)より)
http://www.baseball-museum.or.jp/baseball_hallo/summary/index.html
1.これまでの殿堂入り選手
これまで競技者表彰で選出されたのは76名。その内容は選手としての成績だけでなく監督・コーチ時代の成績(西本幸雄・近藤貞夫・根本陸男・上田利治・牧野茂)等やアマチュアのみの功績で選出されるケースもあったようです。ただ、2008年以降は明確にプレーヤー部門として評価を切り分け、選手時代の活躍が反映されやすい選出要綱になっています。競技者表彰は「プレーヤー表彰」と、「エキスパート表彰」の2部門で選出されます。今回は現役時代の成績がより反映されるプレーヤー表彰に絞って話を進めていきます。
過去の選手はどれくらいの成績を残すと殿堂入りするのに十分な成績と言えるのでしょうか。選手時代の成績で評価されたであろう殿堂入り選手をまとめ、その基準がどのくらいにあるのか見ていきましょう。今回は成績が比較しやすい2リーグ制以降に現役時代の大半を過ごした人を対象にしています。
打撃成績や投手成績は同一年度の成績を比較するには有効ですが、年度やリーグを跨(また)いで選手を比較する事に適していません。今回は以前紹介したWin Shares(その時代の環境などを考慮し、選手の活躍を勝利に貢献した値)やVORP(ポジション毎の控え選手レベルに比べどれだけ得点を上乗せしたか【失点を減らしたか】を示す指標)で殿堂入り選手や候補者たちを見ていきましょう。
なぜこの二つの指標を選んだのかというと、Win Sharesは打撃や投手成績に比べ、時代の特性・環境の違い(野球の質や球場・ボールの違いなど)を修正し、投手と野手を同じ土俵で比べられるからです。勝敗への貢献なので年代の違う選手の比較も可能になります。殿堂選手を評価するには有効な指標と言えるでしょう。VORPは打者評価だと攻撃のみになってしまいますが、ポジション毎に求められる打撃レベルを考慮している点が優れています。例えば捕手と一塁手は求められる打撃力に大きな差があります。同じ打撃成績でもポジションの違いがあれば価値は変わります。VORPはこの差を考慮して選手を評価できるので項目に加えています(投手でも先発とリリーフの違いを考慮して失点を抑えた働きを評価しています)。
下の表は選手成績を評価され殿堂入りしたと予想される選手になります。広岡達朗・藤田元司・古葉竹識・関根潤三・森祇晶氏らは選手・監督の成績を合わせた形で評価されたと考え、純粋に選手の成績だけでの評価とは考えない事にします。
最初に殿堂入りした打者の成績を見ていきましょう。WSやVORPで最も数字が良いのは王貞治氏になります。750WS・1315.2VORP(一塁の控え選手に比べ1315得点を上乗せさせた)で他を圧倒する内容です。そのあとに野村克也・張本勲・長嶋茂雄・山内一弘・山本浩二とそうそうたる顔ぶれが続きます。攻撃的なポジションの打者だと300WS、400VORPくらいの貢献が無いとなかなか殿堂入りするのは難しいようです(守備的なポジションではもう少し数字が低くなるようです)。
続いて投手の成績を見てみましょう。400勝投手金田正一の貢献が最も高いようです。そのあとに小山正明・稲尾和久・鈴木啓示といった名投手たちが続いています。投手では殿堂入りに250WS、400VORP程度の貢献は必要になりそうです。
2.候補選手の勝利貢献
それでは今回の殿堂入り候補者のWin SharesやVORPはどの程度でしょうか。まずは前年までに資格を取得した候補者(21名)の成績を見ていきましょう。残年数は殿堂入り投票の権利を有する残りの年、得票数は過去4年間の殿堂入りの投票数になります。
21名の成績を見ると落合博満氏が圧倒的な数字を残しています。この貢献は殿堂入り選手を対象にしても、山内一弘氏に匹敵するもので一級品の数字である事が分かります。 三冠王を三度獲得した落合氏だけに当然と言えるかもしれませんが、活躍を勝利への貢献としてみた場合でもNPB史上屈指の選手であった事は間違いないようです。
それでは新たに殿堂入りの条件を満たした選手たちの値はどうなっているのでしょう。今回殿堂入り投票に10名の新たな候補者が加わります。西武の黄金時代を支えた石毛宏典氏や走攻守で高い能力を発揮した松永浩美氏などが有力候補と言えそうです。
しかし、上の表を見ると今回の10名の新候補者は落合氏の数字には遠く及ばず、殿堂入りの脅威とはなりえないでしょう。殿堂入り候補者はいずれも名プレーヤーである事に間違いはありませんが、落合氏に比肩しうる存在はいないとほぼ断言できる差があるようです。
3.落合博満の影響力
もうひとつ落合氏の力が垣間見えるデータを見てみましょう。下の表は各年代で最もWin Sharesが高かった選手になります。これはその時代に最も影響力のあった選手と言い換える事も出来ます。
1950年代は登板回数や投球イニングが現在の運用とは異なるため、一人の投手の影響が大きい時代でした。金田正一氏はNPB唯一の400勝投手としてその力を存分に発揮し、この時代を支配していました。
60年代・70年代を支配したのは王貞治氏です。勝利への貢献は圧倒的で野村克也・張本勲・長嶋茂雄などそうそうたる顔ぶれを抑え、2つのディケード(10年間)を支配するという離れ業となっています(MLBでもWin Sharesで2つのディケードを支配した選手はいません)。王貞治の貢献と驚くべき持続力は別次元と言えます。
80年代は今回の殿堂入り候補・落合博満氏です。王氏には及びませんが、その期間の影響力は金田投手と同じくらい大きいものがあります。他の年代と比べても影響力の大きさが分かります。
90年代は古田氏、00年代は僅差で阪神の金本選手が10年で最も勝利に貢献した選手となっています。古田・金本といずれも殿堂入りに異を唱(とな)える選手ではないでしょう。
4.殿堂入りの基準
落合博満氏は勝利への貢献という視点でもNPBで傑出したプレーヤーであった事は間違いないでしょう。2008年にプレーヤー選出という部門を設けながら、3年連続で落合氏が選出されない事態は異常というよりほかありません。もちろん、その期間に選出された殿堂入り選手に異を唱(とな)えるつもりはありませんが、プレーヤーとして落合氏が3年連続で落選するのは選出側にあきらかに問題があるとデータの面からは言えそうです。落合氏の成績なら殿堂入りの可否よりも、「満票で選出されるか?」と注目される方が正常でしょう。
「平成23年 野球殿堂入り」は2011年1月14日(金)に発表されます。今回は候補者の選出と同時に野球殿堂側が選手を評価しうるのか問われている側面もありそうです。
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野球を客観視した独自の論評、分析、および研究を特徴として、野球に関するさまざまな考察をしています。
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