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打撃指標wOBA

蛭川皓平 [ 著者コラム一覧 ]

投稿日時:2011/03/25(金) 10:00rss

1.打者を指標で評価する
 
 セイバーメトリクスでは選手の働きを得点数ベースの数値で評価する方法が主流である。これは野球というスポーツが得点において相手を上回って勝利になること、勝利を目的としてプレーしていることから理に適っている。たとえば打者であればその仕事は、基本的にはできるだけチームの得点を増やすことだと言える。
 
 その考えの上で打撃を得点への貢献で評価する指標はいくつもある。現在特に用いられる頻度が高いのはタンゴタイガーが開発したwOBA(Weighted On Base Average)である。wOBAは簡単に言うと、対象の打者が打席あたりにどれだけチームの得点増に貢献する打撃をしているかを評価する指標である。
 
 wOBAは非常に機能的で応用範囲も広く優れた指標であるから、できればその内容には馴染んでおきたい。すでに馴染んでいる方にとってはかなり今更なことになってしまうが、今回はwOBAの組成や応用範囲について簡単に説明することを試みる。
 

2.従来の打撃指標
 
 そもそもどうしてwOBAのような指標が新たに必要になるのか、従来の指標の評価を行なってその意義を確認しておきたい。
 
 打撃を率で評価する公式の数字としては打率、出塁率、長打率がある。まず打率だが、これはセイバーメトリクスではほとんど考慮されない。四球を含めていないことと単打も長打も区別せずに扱うことから打者の得点への貢献を評価するのには適切でないためである。
 
 出塁率はマイケル・ルイス著『マネー・ボール』でも注目を浴びた非常に重要な指標である。野球の根本はアウトにならないことであり、得点のためにはまずは出塁しなければならない。出塁率はその核心部分を表す役割をしており、解析上もさまざまな場面で登場する。最も本質的な指標のひとつと言っていいかもしれない。しかし、打者の働きを総合的に捉える目的で考えると出塁全てを等しく扱う点に問題があり、改善の余地がある。
 
 長打率は安打それぞれに重みをつけて評価する指標で、これはこれで出塁率とは違う形で意味のある指標である。しかし本塁打に単打の4倍の加重を与えることの正当性などは明らかではないし、打率と同様に四球を無視しているのは総合的な打撃の評価としては問題である。
 
 従来用いられてきた3つの指標は総合的に打撃を評価するにはいずれも含める要素が不足していたり各要素に与える重みが適切でなかったりなど問題があり、これらの問題を解消したひとつの指標があればより便利だと言える。
 

3.wOBAの組成
 
 以上のような認識を受けて、より解析的に意味があり、かつわかりやすい指標として用いられるのがwOBAである。ここからはwOBAの組成を説明しつつ、NPBに合わせた係数の式を構築してみる。
 
 まず対象に含めるイベントは、敬遠でない四球、死球、失策出塁、単打、二塁打、三塁打、本塁打とする。敬遠や犠打を含めるかどうかというのは解析の目的に依存する問題である。ここでは打者個別の働きを評価するのにわかりやすくするため敬遠・犠打・インターフェアは対象から除くものとして考える。
 
 そして各イベントに与える加重だが、これはLinear Weightsという方式を用いる。LWは得点期待値に基づき各イベントが平均的にどれだけ得点期待値を増減させるかという観点で加重を与えるものである。たとえば二塁打の価値は0.78であり、この数字は二塁打がチームの得点を期待値として0.78点増やすことを意味する。LWは計算上アウトに負の係数がかかっているが、出塁率などの指標と同じようにアウトをゼロとして各イベントのアウトに対する相対的な価値を出すと係数は、敬遠でない四球0.56、死球0.59、失策出塁0.74、単打0.71、二塁打1.04、三塁打1.40、本塁打1.67となる(これらはNPBの統計から得た係数である)。
 
 得られた係数を打撃機会(犠打などを除く打席数)で割ると平均.270程度の数値が出る。このままでも指標としては使えるのだがよりわかりやすくするため、数字の大きさが出塁率と同じくらいになるように合わせる。全体を1.24倍すると大きさがほぼ出塁率の平均に合うため、そうして調整すると計算式は以下のようになる。
 
 wOBA(NPB版)=(0.69×(四球-故意四球)+0.73×死球+0.92×失策出塁+0.87×単打+1.29×二塁打+1.74×三塁打+2.07×本塁打)/(打数+四球-故意四球+死球+犠飛)
 
 こうして計算されるのがwOBAである。「率」系の指標だから異なる打席数の選手同士を比較できるし、計算される数値の高低はだいたい出塁率と同じように考えることができる点が便利である。つまり.330あたりを平均として.400であれば極めて優秀だし.300くらいだとレギュラーとして疑問符がつく、といった具合になる(詳しくは後述するが、ここで設定した係数は本来年度・リーグに合わせて調整されるべきであり絶対的なものではない点に注意してほしい)。
 
 なお、wOBAの基本はあくまでも出塁を評価する式であるためここでは盗塁は含めていないが同じようにLWの原理で評価することは可能である。
 

4.考え方と応用
 
 結果をわかりやすくするためにさまざまな数字上の操作が入り、なんだか意味がよくわからないと感じられた方もいるかもしれない。しかしwOBAの実際的な意味は単純で、あくまでも「打席あたりBatting Runs」と考えて差し障りない。BRはLWで「同じ打席数をリーグの平均的な打者が打つ場合に比べてどれだけチームの得点を増やしたか、または減らしたか」を評価する指標である(詳しくは「打撃成績を得点換算で評価する」参照)。
 
 アウトをゼロとしてイベントの価値を補正する過程は、アウトを含めてBRの全ての打席に0.26(アウトの係数)を足すということである。これは1打席あたりで見れば、BRに単に定数で0.26を足すのと変わらない。そして全体を1.24倍しているから、wOBAを分解して考えると次のように書き表せる。
 
 wOBA=1.24×(打席あたりBR+0.26)
 
 こうして見るとはっきりするが、打者ごとに差が出る部分は打席あたりBRの部分だけである。0.26を足したり1.24倍したりという過程は評価に対して見かけ上の影響しか与えていない。結局、評価の内容としては打席あたりBRと等しいと考えることができる。打席あたりBRということは要するに得点期待値をどれくらい高める打者かを端的に評価しているわけである。
 
 上の計算から、wOBAを1.24で割ってスケールを戻せばBRを再生できることがわかる。wOBAをベースにBRと同じように平均的な打者と比較しての利得を計算するとwRAA(Weighted Runs Above Average)と呼ばれる指標になる。
 
 wRAA=(wOBA-リーグ平均wOBA)/1.24×打席数
 
 この計算式は便利で、対象の打者がリプレイスメント・レベルに比べて稼いだ点数を評価したい場合「リーグ平均wOBA」をリプレイスメント・レベルのwOBAにすればいいし、特定の守備位置の平均と比べて稼いだ点数や特定の二人の打者の間で差がつく点数といったものも同じように計算できる。
 
 wOBAを利用して計算できるもうひとつ便利な数字は、対象の打者によって合計でどれだけの得点が生み出されたかを評価するwRC(Weighted Runs Created)である。
 
 wRC=((wOBA-リーグ平均wOBA)/1.24+(リーグ総得点/リーグ総打席数))×打席数
 
 これもwOBAの本質が打席あたりBRであることを利用している。打席あたりBRが+0.03の打者でリーグの打席あたりの得点が0.11であれば、その打者が1打席で生み出す得点は0.14とみなせる。これに打席数を掛け合わせれば、全体の得点数が出る。打席あたり得点が0.14で打席数が500であれば生み出した得点は70である。wRCを全ての選手について計算して足し合わせればチームの総得点が算出できる。
 
 打席あたりの有効性(wOBA)、平均と比べて得た利得(wRAA)、生み出した総得点(wRC)、これらはいずれも重要な見方であり、データを利用して分析を行なう上ではこれらが簡単に変換できるようになっている性質は有用である。これらの数字を勝利数に変換するなどさらなる応用も考えられる。wOBAが機能的で応用範囲の広い指標だと言える所以である。
 

5.OPSとの関係
 
 ところでセイバーメトリクスで打撃を総合的に評価する指標としてはOPSがお馴染みである。OPSは手軽かつ非常に(得点との繋がりが強いという意味で)有効な指標だが、wOBAと比較すると無視できない実用上の難点がふたつほどある。
 
 第一に、各イベントへの加重のバランスが得点との関係からみて十分に適切なものとは言えないこと。具体的には、長打に比重がかかりすぎている。得点期待値からすると出塁率をもっと重視しなければならない。
 
 第二に、得点といった単位をもとにしておらず評価に応用が利かないこと。wOBAであれば即座にwRAAやwRCに変換し特定の打者がチームにどれだけの得点をもたらしているかを計算することができる。しかしOPSの単位には具体的な意味がないため「.800を超えていればレギュラークラス」といった曖昧な評価を与えることしかできない。
 
 OPSは計算が簡単な代わりに正確性・有用性ではwOBAにやや劣ると考えるのが妥当である。ちなみに、タンゴタイガーらの著作である『The Book - Playing The Percentages In Baseball』には「(2×出塁率+長打率)/3」という計算で得られる数値が簡単なwOBAの代用になることが紹介されている。例えば四球は出塁率で1と数えられ長打率では0だから、1に係数の2を掛けたものを3で割って0.67、単打は1.00、二塁打は1.33、といった具合にwOBAの係数と近い数字で評価されることがわかる。ざっくりとした計算をするならこのような手法を使うのもひとつの手ではある。

 
6.野球は足し算では表現できない
 
 最後にこれはやや蛇足かもしれないが、wOBAのように各イベントが一定の価値で積み重なっていく足し算のモデルは厳密に言うと野球の表現としては正確でないことを付け加えておきたい。
 
 LWの原理からすると、四球ひとつが0.30点の価値であれば2個では0.60点、3個では0.90点……と単純な足し算で最終的な得点が計算される。しかし、本来は特定のイベントそれ自体が独立して得点の価値を持っているわけではない。たとえばあるイニングで3人アウトになる間に一人だけ四球で出塁する場合を考えてみる。この場合、盗塁など打席の結果以外での進塁がないと仮定すると生還する機会がないため、チームの得点はゼロである。したがって四球の得点価値もゼロと考えざるを得ない。逆に(非現実的だが)イニングに50の四球が出るとすると、4つ目以降は押し出しで得点が入り、イニングに47点が記録される。この場合四球ひとつあたりの得点は47を50で割った0.94となる。何が言いたいかというと、イベントの得点価値はそれ自体が絶対的に持つものではなくそのイベントがおかれた環境において一般的にどのように打撃結果が発生するかの文脈によって決まるということである。
 
 このような意味において野球は単純な足し算では表現できないものであり、wOBAのような加重の方式は理想的に考えれば正確ではない。そして得点の環境はリーグや時代ごとに異なるから、wOBAの係数は本来柔軟に調整されるべきものである。ただし加算モデルは非常に扱いやすいし、得点を予測する精度は打撃の環境による価値の変化を考慮したモデルと比較しても十分に高い。現実的には係数を固定的に扱う加算モデルでほとんど問題はなく、ここで述べたのは解釈の上での注意であると考えていただきたい。
 

7.有力な選択肢のひとつとして
 
 ここまで見てきたように、wOBAが何か新しいものであるかといえばそうではない。むしろ数十年前に既に開発されていたBatting Runsそのものである。四球や安打といった一般的な打撃の記録を得点数に換算する式はいくつも存在するが、総得点を推定するという観点から言えば正確さに大きな違いはないためどの指標を使うかは好みで選んでいいだろう。細かいことにこだわらなければOPSが有用であることも変わらない。その中で今回わざわざwOBAを紹介した理由は、wOBAは運用上便利な点が多く近年使用される機会も多いためその特性を知りNPBでも使えるようにしておくことは有意義だと考えたためである。今回のコラムが指標の理解に多少なり役立てば幸いである。
 
 
 
参考
Tom Tango, Mitchel Lichtman, Andrew Dolphin, The Book Playing the Percentages in Baseball, 2007
Weighted On Base Average or wOBA
wRC and wRAA

コメント

みんなの評価:5

はじめまして
いつも興味深く拝見しています。
wOBAについて質問があります。
イベントの中に失策出塁が含まれていますが打者の失策出塁が公式記録や
このサイトに掲載されている記録の中に見当たりません。
表に出ていないだけで実際にはデータがあるのでしょうか?
また、そのデータを一般人が手に入れることはできるのでしょうか?

評価: Posted by しとし at 2011/03/26 21:03:09 PASS:

>しとしさま

はじめまして。
私はデータスタジアム社からいただいた実際のデータを用いて係数の導出を行っておりますが
その生データが今後公開されるのかどうかは私にはわからないです。
今のところ失策出塁のデータを公開しているサイトなどは残念ながらないようですね。
データの開示をご希望であればこうしてコメント欄や、メニューの「お問い合わせ」からご要望していただければサイトの運営には声が届くのではないかと思います。
指標の意味に関して言いますと、失策出塁を無視するとしても別に問題はないと思いますが。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/03/27 16:41:24 PASS:

お答えいただきありがとうございます。
とりあえず個人で算出するときは失策出塁を除いた状態で計算しておきます。

Posted by しとし at 2011/03/28 22:52:26 PASS:

>しとしさま

ご要望として参考にさせていただきます。
引き続きよろしくお願いいたします。

Posted by 岡田友輔 at 2011/03/29 14:23:05 PASS:

リーグ平均の BR は 0 なので BR と wRAA は同一という認識で良いでしょうか。

Posted by ST at 2011/05/09 23:19:03 PASS:

STさま

そうです。
採用する項目・係数の違いや計算過程の違いなどで若干結果に相違は出るかもしれませんが
BRもwRAAも実質的な意味は同じです。

Posted by 蛭川皓平 at 2011/05/10 16:15:45 PASS:

蛭川様。お返事ありがとうございます。了解しました。

Posted by ST at 2011/05/10 21:52:23 PASS:



評価: Posted by at 2011/11/23 09:52:04 PASS:

ところで 各リーグの野手別のWOBAの順位表なんて検索しても見当たりませんが。 なぜ出さないのでしょうか? スポーツ・ナビとか。スポーツ紙の電子版でも出てませんよね。なぜ出さないのでしょうか?

Posted by 野球ファン at 2018/06/15 22:53:10 PASS:
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